さまよえる絵筆
東京・京都 戦時下の前衛画家たち
板橋区立美術館から京都府京都文化博物館へと巡回する同名展覧会の図録。太平洋戦争下の前衛絵画を「古典」「伝統」といったキーワードから検証。一般にはシュルレアリスムの画家として知られる福沢一郎や杉全直による西洋古典絵画の要素を隠れみのとした表現、難波田龍起が追求した古代芸術への憧憬、新人画会のメンバーによる戦争とは直接関係のない画題の追求など、戦時下の知られざる表現を多面的に紹介する。弘中智子、河田明久ら日本近代美術の研究者による論考も掲載。(中島)
『さまよえる絵筆 東京・京都 戦時下の前衛画家たち』
弘中智子、清水智世=編著
みすず書房|3200円+税
企業と美術
近代日本の美術振興と芸術支援
明治以後の企業人による芸術支援を概観し、実業家が収集家の矜持だけでなく、美術品の保護、国家振興などの目的を持って芸術支援を実施してきたことを明らかにする。加えて、企業活動に着目することで、視覚をめぐる制度の変革をも描き出している。百貨店での美術展は日本独自の美術の在り方として取り上げられがちだが、著者はアメリカの百貨店に美術品展示の先例があること、それが外遊を通して発見されたことを指摘する。新しい消費形態の発見は、美術展示という視覚をめぐる制度の輸入を伴っていたのだ。このように、本書は芸術支援の検討を通した視覚文化研究でもある。(岡)
『企業と美術 近代日本の美術振興と芸術支援』
田中裕二=著
法政大学出版局|3700円+税
虚像培養芸術論
アートとテレビジョンの想像力
本書は、テレビがまだニューメディアだった頃、人々はどのような期待をテレビに寄せていたのか。そしてその期待は、どのように芸術的な表現へと昇華されたのか。テレビの黎明期を美術批評家として見つめた、東野芳明による「虚像」という言葉を手掛かりに本書は進む。この言葉はテレビを中心に、ある時代を覆った想像力の在り方を指している。本書の、チャンネルを切り替えるように美術、建築、文学、映像を論じる仕方も、テレビ的であるように思われた。本書を鏡にすることで、速度を増し双方向的となった現在のメディア環境を見つめるためのヒントが掴めるだろう。(岡)
『虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力』
松井茂=著
フィルムアート社|3500円+税
(『美術手帖』2021年6月号「BOOK」より)