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INSIGHT - 2019.10.12

建築を通して社会問題を見つめる。「シカゴ・アーキテクチャー・バイエニアル」が伝えるもの

9月19日より、シカゴ文化センターで第3回目となる「シカゴ・アーキテクチャー・バイエニアル」が開幕した。「北米最大規模の建築・デザイン展覧会」となる本展は、有名建築の宝庫であるシカゴで、建築をめぐる最前線の動きを紹介するもの。ニューヨーク在住のライター・國上直子が、会場の様子をお届けする。

文=國上直子

展示風景より、手前がディコロナイジング・アーキテクチャー・アート・レジデンシー(DAAR)《レフュジー・ヘリテージ》(2015-18)、奥がスウィート・ウォーター・ファウンデーション《Re-Rooting + Redux》(2019) Courtesy of Chicago Architecture Biennial /​Kendall McCaugherty,​ ​2019

 「...and other such stories」と題された今回の「シカゴ・アーキテクチャー・バイエニアル」では、「建築がどのようにコミュニティ・都市・環境を形成するのか」が追求されている。22ヶ国から80以上の出展者が参加。シカゴ文化センターを中心に、市内にある複数の施設で、彼らのプロジェクトや活動が紹介されており、かなり見ごたえのある内容となっている。

 バイエニアルの最大の特徴は、「建築」を建造物としてだけではなく、「造られた環境」「空間的な状態」として広くとらえている点だ。いずれのプレゼンテーションも綿密なリサーチが土台になった深い内容となっており、アウトプットの形態は、建物・デザイン・都市計画・アート・政策・教育理論・アクティビズムなど多岐にわたる。

 出展者が取り扱うのは、貧困、ソーシャルハウジング、天然資源、権力や市民を取り巻くシステムなど、社会・政治・環境の観点から語られることが多い問題。「建築」というフレームワークを介し、これらの問題をとらえ直すことが目指されている。「建築」がいかに私たちの生活と不可分であるか、そして「建築」という概念の有用性が、本展では強調されている。

会場のシカゴ文化センター外観 Courtesy of Chicago Architecture Biennial / Francis Son, 2019

ス・ドホ:公共住宅が機能しなくなるとき

 ス・ドホが手がけたのは、ロンドンの東にある公共住宅「ロビン・フッド・ガーデンズ」を題材にした作品。有名建築家アリソン&ピーター・スミッソンによって設計され、1972年に完成したこの建物は、当初「ユートピアのような場所」として機能することが期待されていた。しかし死角が多いといった特徴が仇となり、ドラック売買などの犯罪の温床と化し、10年も経たないうちに、住民および批評家から建築としての「失敗作」と見なされるようになった。建物は急速に荒廃し、2017年に取り壊しが始まった。

ス・ドホ ロビン・フッド・ガーデンズ Woolmore Street, London E14 0HG 2018/19

 この作品では、住民の立ち退きと取り壊しを控えた「ロビン・フッド・ガーデンズ」の内部の様子が淡々と映像に収められている。モジュール型のユニットが、時間の経過とともに住む人の色に染まり、異なる度合いで劣化していった様子が見て取れる。そこに人の姿はないが、各部屋が、唯一無二の経験や記憶と結びついていること、そして取り壊しにより、住民が記憶の詰まった場所を去らざるを得なくなった状況がテーマとなっている。

 興味深いのは、「ロビン・フッド・ガーデンズ」の取り壊し決定に対し、有名建築家たちが建築史的観点から保存を訴えたいっぽうで、住民の大多数は取り壊しを希望したといわれている点。「公共住宅」というものがいったい誰のための建造物なのかという問題も想起される。

ディコロナイジング・アーキテクチャー・アート・レジデンシー(DAAR):世界遺産登録プロセスを通じ難民キャンプを見る

 「ディコロナイジング・アーキテクチャー・アート・レジデンシー(DAAR)」は、パレスチナに拠点を置くコレクティブ。建築家、アーティスト、アクティビスト、都市計画専門家、映像作家、キュレーターから構成され、政治と建築をめぐる問題に取り組んでいる。正義や平等の実現に関連するリサーチプログラムを複数進めており、本展ではそのひとつ「レフュジー・ヘリテージ」が紹介されている。

ディコロナイジング・アーキテクチャー・アート・レジデンシー(DAAR) レフュジー・ヘリテージ 2015-18

 このプロジェクトは、「ドハイシャ」というパレスチナ難民キャンプに焦点を当てたもの。1948年のイスラエル独立に伴い、70万人のパレスチナ難民と、多くの難民キャンプが生まれた。ドハイシャはそのキャンプのなかのひとつ。49年のキャンプ設営から70年経ったいまも地域紛争は止まず、「仮の住処の永続化」が起こっている。

 難民の苦境をめぐる議論は膠着状態になって久しい。人道的観点からこの問題を考えようとすると、思考停止を生むだけで、もはやなんの効果ももたらさないという認識が「レフュジー・ヘリテージ」の出発点になっている。

 本プロジェクトは、「ドハイシャをユネスコの世界遺産の候補地としてノミネートする」という架空の目標を掲げ、立候補への準備工程を通じて、難民キャンプの現状を新たな視点で見てみようというものだ。

 2015年から17年にかけて、政治家、文化財保存の専門家、活動家、政府・非政府組織の代表者、地域住民を招集、難民キャンプという仮設の場所を世界遺産として登録する意味を繰り返し議論した。この過程で、世界遺産候補地申請書や、審査用に提出する写真、居住環境の現状報告書などが、「世界遺産として認めてもらう体で」準備された。

 ユネスコの世界遺産のガイドラインや基準を意図的に乱用することで、使い古された「悲惨な場所」という安易でネガティブな難民キャンプのイメージに頼らずに、住人の現状を把握することが可能なのかが試されている。同時に、遺産の定義そのものが植民地主義の影響を大きく受けていることや、「建築」がいかに政治的変革に利用されうるものなのかもテーマの一部となっている。

パレスチナ・エアルーム・シード・ライブラリー:種を集め文化を守る

 ヴィヴィアン・サンソーによって立てられたパレスチナ・エアルーム・シード・ライブラリーは、ベツレヘム郊外にあるバティアという村をベースに活動を行っている。地域紛争や環境変動の影響で、パレスチナの伝統的農耕はいま消滅しようとしており、地域の伝統的な農作物は絶滅の危機に瀕している。同グループは、伝統農耕を、たんに植物を育てる行為ではなく、文化、物語、アイデンティティー、コミュニティなどの地域の形成に深く関わる重要なミディアムと考えている。

パレスチナ・エアルーム・シード・ライブラリー Marj and Prairie: Eating Our Histories 2019 Courtesy of Chicago Architecture Biennial / ​Cory DeWald,​ 2019

 サンソーは地域の農民と協力し、絶滅しかけている農作物の種を収集。彼らの積極的な参加を促し、農耕慣習や伝統的農作物の再生への道筋をつくり、地域のバイオカルチャーや、農業を通じてコミュニティが培ってきた知識、人とのつながりや記憶も回復しようとしている。「昔はよかった」というたんなる懐古主義に陥らず、伝統的な農耕や文化を、現在の人々の生活にどのように融合させることができるのかという点も、活動では重視されている。この活動を通じ、植民地主義的方法で、解体が進んできた地域の無形文化の再生を目指している。

社会問題を「建築」を通して見る意味

 展示のなかでは、「黒人をターゲットにした暴力」や「銃暴力」という問題も提示されていた。これらの問題に対する議論は尽きないが、切り口はマンネリ化しつつあり、出口が見えないのが現状だ。そこへ「建築」という枠を投入し、これらが構造的な問題であるのを再確認し、見方を少しシフトすることで、解決への糸口が見つかるかもしれないという希望を示す点に、本展の真の意義があるように感じられた。

MASSデザイン・グループ、ハンク・ウィリス・トーマス ガン・バイオレンス・メモリアル・プロジェクト 2019 Courtesy of Chicago Architecture Biennial /​KendallMcCaugherty,​ ​2019