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黒人であること、美術館という“安全な”場所。ヴァージル・アブローは初の美術館個展「Figures of Speech」で何を見せたのか?

ファッション、音楽、建築、アートなど、複数の分野で精力的な活躍を続けるヴァージル・アブロー。2018年にはルイ・ヴィトンのメンズコレクションのアート・ディレクターに就任。ファッション界において多大な影響力を持つポジションを得たアブローの一挙手一投足が、いまや注目の的になっている。そんなアブローの約20年にわたる活動を振り返る展覧会「Figures of Speech」が6月10日からシカゴ現代美術館で開催されている。記者会見で明かされたアブローの本展への想いを、会場の様子とともにレポートする。

文=國上直子

作業中のヴァージル・アブロー Photo by Hanna García Fleer

広告のメタファーを解体

 「Figures of Speech」は、美術館で開催されるヴァージル・アブローの初個展となる。シカゴ近郊で生まれ育ったアブローにとって、この地で展覧会を行うことは、とても大きな意味を持つ。「初期作品」「ファッション」「音楽」「間奏曲」「Black Gaze」「デザイン」「The End」という7つの切り口から、彼のこれまでの制作活動が紹介される。

 シカゴ市内の中心部に位置するシカゴ現代美術館は、ファストファッションから、スポーツブランド、そしてハイ・ファッションといった、あらゆるブランドの店舗が軒を連ねるミシガン・アヴェニューに隣接している。アブローは「そんなミシガン・アヴェニューを徘徊するいち消費者にすぎなかった」と自身の過去を振り返る。

記者会見より。左から空間デザインを担当したサミール・バンタル、ヴァージル・アブロー、キュレーターのマイケル・ダーリン

 「ブランド広告の中にイメージを求め続けた世代の人間。何を着て、何を買って、何を持てばいいのか。何を考え、どんな仕事をすればいいのか。成功とは? 僕らはみんな、そういう問いへの答えを広告の中に見つけようとしていた」。

 20年間にわたり商業的な仕事やアート制作をするなかで、広告について深く考え、そこからブランドの真実や本当の価値に気づくようになったというアブロー。本展では、その気づきに至るまでの過程を見せている。「メタファーとしての広告を解体し、その本質を理解すること」がテーマのひとつだという。

 本展がもっとも重点を置く観客は、シカゴの若者たち。「この展示を見た若者たちには、これまでとは違う文脈で外の世界を見てほしい。さらに僕がこれまでに発見したことを土台に、自分で自分の道を切り開いていってほしい」とアブローは語る。

シカゴ現代美術館正面に掲げられる「Question Everything」と記された旗。若者へのメッセージが込められている

真実はモノをつくることからしか見えない

 アブローは、ヒップスター文化にみられるような、自分では何も生み出さずに、理屈だけで物事を否定的に批評する風潮を危惧している。「ただのミシガン・アヴェニューの消費者だった自分が、ここまできた過程には、モノづくりがあった。アイデアを積み上げ、そこからモノをつくり続けることでしか見えない真実がある」と話す。「好奇心を持ち続けることも重要。そこから多くの情報が集まるようになり、次のプロジェクトにつながっていったんだ」。

 アブローは、自分はこうしたことに気づくのにずいぶん時間をかけてしまったが、もし自分と同じような道を目指す若者がいるならば、この展示を見てもらうことで、彼らの行程が短縮されることを願っているという。

展示会場外の壁には、ヴァージル・アブローがこれまでインシピレーションを受けたイメージが集められている

「Black Gaze」:黒人であること

 展示カテゴリーのひとつとなっている「Black Gaze」。「黒人の視点」を意味するこのフレーズは、すべての作品に一貫したテーマだとアブローは語る。会場に並んでいる作品はそれぞれ、機能・外見面で、オブジェクトとしての役割を全うしている。しかし、そこには伝わる人だけに伝わる「人種問題に言及するコード」が埋め込まれている。

 「それらのコードはぱっと見にはわからないので、トロイの木馬によく例えるのだけれど、自分がこれまでつくってきたものは、最初からすべて『人種』を取り扱ったものだった。今回の展示で初めてそれを明示しているよ」とアブローは語る。

 「僕たちが自分で自分に押し付けてしまっている『黒人であること』という枠組みがある。それは、アートやファッションというカテゴリーの外側に存在するもの。美術館とは、こういう問題について語り合うことができる、安全な場所であると考え、今回の展示にこの切り口を加えることにしたんだ」。

黄色の番号札が並び事件現場のように見える作品《Options》はシカゴの若者へ向けたもの。左手の壁にかかるのはヴァージル・アブローが初めて担当したルイ・ヴィトンの2019春夏メンズコレクションの広告から。将来のラグジュアリーの消費者は有色人種になるというメッセージが込められている

 シカゴは美しい街にもかかわらず、犯罪・貧困・人種差別といったネガティブなイメージがつきまとう場所でもあるとアブローは語る。《Options》という作品は、シカゴに住む、自分と同じ肌の色を持つ若者との対話を意識したものだそう。シカゴのネガティブな社会的側面を連想させるような作品だが、周りにあるほかの作品に表現されている世界と対比してみてほしいという。

 「《Options》に象徴されるような出来事とは無縁の人生を自分で選び取ることができる」というメッセージをシカゴの若者に伝える責任をアブローは強く感じている。「本展を、これまでのTシャツやスニーカーなどを陳列しておしまい、とするわけにはいかなかったんだ」。

ラグジュアリーに変革をもたらす

 アブローは、2018年ルイ・ヴィトンのメンズコレクションのアート・ディレクターに就任した。本展の空間デザインを担当し、会見にも同席したサミール・バンタルは、黒人であるアブローが、ファッション界に大きな影響をもたらすポジションに登りつめたことを「ファッション界におけるオバマ・モーメント」と形容した。

 「2019-20年コレクションで伝えたかったのは、特定の人・タイプ・前提にしか通用しないラグジュアリーはもう終わり、ラグジュアリーも変化を遂げていっているということ。ラグジュアリーは本当の意味であらゆる人々を受け入れることができる存在になれるのかをテーマとして考えている」。

ルイ・ヴィトン 2019春夏メンズコレクション
Look 28, Louis Vuitton Men’s Collection, Spring/Summer 2019 (“Dark Side of the Rainbow”).
Photo by Louis Vuitton Malletier/Ludwig Bonnet.

展覧会に見る美術館の使命

 展示は、アブローの最初のブランド「Pyrex Vision」に関連する作品などが並ぶ「初期作品」の部屋からはじまり、カルト的人気を誇る「Off-White」のコレクションが並ぶ「ファッション」へと移る。その部屋の中央には、シカゴ現代美術館史上最大の展示作品となる、黒く塗りつぶされた実物大のビルボード《ネガティブ・スペース》(2019)が設置されている。

展示風景
Installation view, Virgil Abloh: “Figures of Speech”, MCA Chicago June 10 – September 22, 2019 Photo by Nathan Keay, © MCA Chicago
Off-Whiteのコレクションの後ろには巨大ビルボード作品が並ぶ

 次の「音楽」のセクションでは、アブローの音楽関連の作品やコラボレーションを紹介。「間奏曲」と題された空間では、アブローが重きを置くプロトタイピングの一例をみることができる。

「音楽」のセクションにはアルバムデザインやステージデザインなどが並ぶ
Installation view, Virgil Abloh: “Figures of Speech”, MCA Chicago June 10 – September 22, 2019 Photo by Nathan Keay, © MCA Chicago.

 そして、会見の中で繰り返し語られた「Black Gaze」をテーマにした部屋へ。ルイ・ヴィトンの黒人モデルを型取ったマネキンは、アブローのデビューとなった2019年春夏コレクションから。アブローの「多様性へのコミット」の一例となっている。しかしその上には「You’re Obviously In The Wrong Place(あなたは明らかに間違った場所にいる)」と記されたネオンサインの作品が掲げられる。このフレーズは、映画『プリティ・ウーマン』(1990)で、主人公が高級店の販売員から軽蔑を込めて浴びせられる言葉。相反するメッセージを並べることで、この問題の複雑さを示唆しているようにもみえる。

アブロー初のルイ・ヴィトン2019春夏コレクションのキャンペーンで使用されたマネキンと、Off-Whiteの2016秋冬のランウェー・ショーで用いられたネオンサイン

 「デザイン」のエリアには、ナイキ、イケア、リモワなどとのコラボレーションから生まれた製品やプロトタイプが並ぶ。アブローの商業的作品のショーケースのようであるが、その横には、黒塗りや鏡面加工を施したビルボードが並べられ、「広告の解体」が行われている。

「デザイン」セクションの展示風景

 「The End」と題された展示室には、アブローの最新作が並ぶ。セラミック製のチェーンがついたルイ・ヴィトンのバックは、アブローのストリート・ファッション・デザイナーとしてのバックグラウンドにリンクするとともに、バックの所有者がブランドの奴隷的存在になっていることも暗示している。

ルイ・ヴィトンのバッグ《For the Love of Money》(2018)

 もっとも話題を集めているのは、展示スペースと同じフロアに設けられたアブローのポップアップ・ストア「Church & State」だ。ここには、本展のために用意された「Off-White」の限定品や、他のデザイナーとコラボレーションした特別商品などが並ぶ。アブローの商品は高額で知られるが、美術館というローケーションとシカゴの若者という客層を考慮して、手頃な商品も含めるように工夫したという。

ポップアップ・ストア「Church & State」の様子

 本展に行くことがあれば、同時開催中の「Prisoner of Love」展も見ていただきたい。展示の中心にあるのはアーサー・ジャファの「Love Is the Message, the Message Is Death」(2016)。アブローの親友でもあるカニエ・ウエストの曲「Ultralight Beam」に乗せ、アメリカで黒人として生きることがモンタージュで表現されたビデオ作品。この作品はアブローのいう「Black Gaze」と深く呼応する。

 「Black Gaze」を通して見えてくる問題を、これから初めてシカゴ現代美術館に足を運ぶことになる若者たちに考えてほしいという、同美術館の使命感を、展示をまたいだこのキュレーションに見た気がする。

編集部

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