ロシアの歴史そのものを映すエルミタージュ美術館
世界の名だたる「美の殿堂」のひとつとして知られるエルミタージュ美術館。ロマノフ王朝時代は王宮であったため、美術館としての一般公開はロシア革命後の1917年なのだが、女帝エカテリーナ2世が本格的な美術品コレクションに乗り出した1764年が美術館創立年とされている。2014年に製作された創立250周年を記念するドキュメンタリーである。
まずはひとりの少年に導かれて、私たちはエルミタージュ内部に入っていく。赤や黄色、金などのきらびやかなロココ風の繊細華麗な室内装飾に、ここがかつてまさに王宮であったことを実感する(王宮としての役目を17世紀に終え、現代的展示空間としての改修を施されたルーヴルにはもはや王宮の面影はない)。壮麗な空間とロシア帝国の威信をかけて収集された作品群をとらえつつ、映画はロマノフ王朝の繁栄からロシア革命、スターリン時代の状況、そして現在へと歴史的背景を丹念に追っていく。
なかでも第2次世界大戦中のレニングラード包囲戦のありさまは衝撃的だ。ドイツ軍の侵攻をキャッチした美術館関係者たちは、作品の多くを事前にウラル山脈に疎開させ、美術館の地下に避難。だが900日近くに及ぶ長期の包囲により物資が絶たれ、ベルトや靴底などの革、飼い猫まで食料にせざるを得なかった。そうした状況のなか前線から戻ってきた兵士たちが美術館を訪問。そこにあるのは額のみが並ぶ空っぽの展示室だ。だが、「これはレンブラント、これは......」という解説を聞きながら、兵士たちは感嘆の溜息を漏らしたという(森村泰昌の《Hermitage 1941-2014》は、このときのエピソードに触発されて制作されたもの)。
戦後もスターリン体制下では、職員や当時の館長(現館長ミハイル・ピオトロフスキーの父親)が強制収容所に送られたり、所蔵品が売却されたりと苦難が続いた。親子2代にわたり美術館を支えてきた館長は「エルミタージュはロシアの歴史そのものなのです」と語る。簡素だが、忘れがたい言葉である。
(『美術手帖』2017年5月号「INFORMATION」より)