佐藤麻優子さんは、同世代の男女を被写体に、まるでスナップのような作品などを制作する写真家。公募展「1_WALL」での受賞を機にデビューし、現在は雑誌のビジュアル撮影などでも活躍する佐藤さんが、現在の作風を確立したきっかけは、なんとディズニーランドの「楽しめなさ」……? 彼女をつくってきたいろいろを、取材風景のチェキと一緒にご紹介します♡
映画『永遠に美しく』
「女の人って男の人より、きれいな時期が短くないですか? 男性は年を取ってからかっこよくなることも多くてずるいな、とか日頃から考えていて」。感情移入できる同性が撮りやすい、という佐藤さんがまず挙げてくれたのは、美を追求する女性たちを描いたブラック・コメディー映画『永遠に美しく...』(ロバート・ゼメキス監督、1992)。
「この映画では、主人公が美貌を保つために不老不死の薬を飲むんです。そしたら体が老けることはないんだけど、代わりに物理的に壊れるようになる。こけると体の一部が取れちゃって、ボンドでくっつけたり……コメディーっぽい作品なんだけれど、女性たちの切実な気持ちには共感します」。
佐藤さんが興味を持っているのは、「美」の概念そのものではなく、そこにある女性たちの執着だと言います。「私、叶姉妹さんや山本リンダさんが好きなんです。誰もが年齢を重ねたら衰退していく部分はあると思うんですが、全身全霊でそれに抗っていて、パンク精神を感じます。かっこいい。もはや進化という感じがして。昔のギャルや歌舞伎町のキャバクラ嬢やホストの、派手で極端なファッションにも面白さを感じる。どちらも美しく見せることを追求していった結果、一般の感覚とはズレて、自分だけのこだわりの世界に入っているのが、ストイックでいいなと思います」。
森高千里
憧れの存在だというのは歌手の森高千里。佐藤さんは、その型破りな歌詞や個性的な世界観に共感してきたそう。清純派信仰が根強かった時代、アイドル的な存在でありながら、『ミーハー』『私はおんち』『非実力派宣言』など、等身大の自分を赤裸々かつユーモラスに表現した楽曲を発表してきた森高について「正直に自分のことをネタにする様子が、まるでラッパーみたいで魅力的だと思った」と語ります。
「『わからないの だめな男』(『出たがり』より)って男性に対してダメ出しするような歌詞も多くて、その内容がどれもこれもすごくわかるんです。ほかにも時代に合っていないコスプレをしたり、いろいろと過剰だったり、徹底して我が道をいっている。ポップでわかりやすいし、この人だってすぐわかるキャッチーさもあって、かっこいいんですよね」。佐藤さんが2017年に制作した冊子のタイトル『その後の私』は森高千里の楽曲からとったものでした。
異世界ものと川端康成
SFやファンタジー、異世界ものの作品も好きだそう。若い世代のリアルな感覚を表現していると評されることも多い佐藤さんの作風からは、少し意外にも思えますが……?
「理解しきれないものに惹かれるんです。2ちゃんねるの『異世界スレ』や怖い話のまとめとかを夢中で見ちゃったりする。昔のカルチャーや、昔の人が考えた『未来っぽさ』の感じも好きなのですが、それも同じような理由からです」。
最近のイチオシは、アメリカのSFホラードラマ『ストレンジャー・シングス』。ほかにも宮沢賢治や安部公房などの近代文学が好きで、とくに川端康成の作品には、男性が女性に自分の腕を与える『片腕』、美女と添い寝するための宿が登場する『眠れる美女』など、印象的なものが多いと話します。
「ありそうでありえない、SFっぽい設定が素敵。あと普段から『自分が男だったらこの子とは付き合いたくないな』とか、男の人の立場で女の人を見ることがあるので、川端康成の女性を見る目線に感情移入しながら読んでます」。
マンガ『お茶の間』
「あんまりきれいじゃない絵、全然ロマンチックじゃない台詞など、世界観全部が大好きな作品。主人公の男の子は実際にいたら頭おかしいレベルのロマンチストなんですけど、無謀で極端なところが良い!」。
望月峯太郎のマンガ『お茶の間』は、好きな女の子に良いところを見せるため、カナヅチなのに水泳選手を目指す男の子が主人公の『バタアシ金魚』の続編。本作では、社会人となった2人に就職やお金などリアルな問題が降りかかってきますが、テンションは変わらず。佐藤さんは「夢があって楽しい」ところがいちばんの魅力だと語ります。
「現実こんなうまくいくわけないじゃん、って思う人もいるだろうけど、読んでいると何が正しいのかわからなくなる感じが私はすごく好きなんです。コメディーっぽく見せるところなんかは、自分の作品にもある要素だと思います」。
この作品は、もともと人にすすめられたものだそう。「ほかにもお気に入りの作品は、誰かにおすすめされたものが多いです。すぐに手にとるわけではありませんが、何かのタイミングで自分が興味を持ったらアクセスしてみる。好き嫌いはあまりないと思います。あと、身の周りに自分の感覚に合う人が多いのかもしれないですね」。
佐藤麻優子さんの作品
「子供って、将来アイドルになりたいとか野球選手になりたいとか、自由なことを言うじゃないですか。でも幼稚園のとき、自分の周りにはそういう夢を叶えた大人の人はひとりもいないじゃん!って気付いて怖くなったんです」。それから「普通の人生を歩んで死にたくない」という漠然とした焦りを感じ続けてきたという佐藤さん。専門学校で学び、デザイナーとして就職しても、その感覚は消えないままでした。そんななか、学生時代にいちばん好きだったという写真作品の制作を再開し、個展開催の権利をかけたグラフィックと写真のアワード「1_WALL」に出品。初めての挑戦でグランプリを受賞し、会社を辞めて本格的に写真家としての活動をスタートさせました。
「当時は、漠然と焦ったり、不安に感じたりしている自分の気持ちをそのままテーマにしてみたんです。殴り書きのようにして書き出したフレーズをもとに絵コンテを描いて、その時の気持ちをいちばん表しやすいと思った友達にイメージを伝えてモデルをしてもらい、撮影しました」。
一見スナップ写真ふうの作品は、フィルムカメラで撮影したものをもとに入念な加工を経て完成。写り込んだコンセントや蛍光灯を消したりして、どこの風景とも微妙に違う、既視感のないものを目指していると言います。
また、現在の作風のもととなったのは、ライフワーク的に続けているという、ディズニーランドなどに「遊び」に出かけて制作する自身と友人のポートレートシリーズ。「あまのじゃくだから、みんなが好きなものが全然楽しめなくて、ずっと大人数の飲み会などの『楽しい場所』になじめなかった。あるとき女友達と2人でディズニーランドに行ったんですけど、周りはカップルだらけだし、さみしくなってきてテンションが上がらなくて……。それでなんとなくつまらない顔のまま写真を撮ってみたら、逆にすごく楽しかった。だんだんそれを言い訳に、いろんなレジャースポットに遊びに行くようになったんです」。
この作品に限らず、佐藤さんはマイナスな感情から発想することが多いと言います。「『最悪!』と思ったことも、作品にすれば、自分だけのものじゃなくなるから」。人に見せることは、憂鬱な思いを共有し、昇華させることにもなる。不安や怒りをユーモアに変え、キャッチーにつくり込んだビジュアルにこそ、佐藤麻優子の「リアル」があるのです。