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山本一雄という「画家」について。遠山健一朗が語る「山本一雄 小さな部屋から」展(奈義町現代美術館)

美術館の学芸員(キュレーター)が、自身の手がけた展覧会について語る「Curator's Voice」。第34回は、岡山にある奈義町現代美術館で開催された「山本一雄 小さな部屋から」(2025年12月13日〜3月1日)について。同館学芸員の遠山健一朗は、岡山市のギャラリー722で行われた個展で画家・山本一雄の作品と出会う。そのときの距離や立ち位置によって変容する絵画体験に戸惑い、湧き起こる「もやもや」の正体を知りたいと願った遠山の衝動は、やがて山本の暮らす瀬戸内海にある国立療養所「長島愛生園」へと彼を向かわせた。 ※3月28日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文=遠山健一朗

山本一雄のアトリエの様子 撮影=筆者

画家・山本一雄との出会い

 画家・山本一雄さんの作品は、写真家の山口聡一郎さんが岡山市で運営していたギャラリー722で行われた個展で初めて見た。そのとき、絵画との距離・立ち位置によって感じることが変わり、戸惑ったことを覚えている。さっきまで確かに楽しいと感じていたのに、今度は悲しいし、切ない。見ていてめくるめく感想が変わり、作品についてうまく言語化できなかった。もやもやする。なぜもやもやするのか。もう一度作品を見たいと思って再度展覧会を訪れたとき、山口さんに「山本さんと会いたい」と話した。話していた、というほうが正しいかもしれない。とにかく、山本さんと会って話がしたいと思ったのだ。そして作品返却の際に山口さんに同行して、長島を訪れた。

瀬戸内海の穏やかな海に囲まれた長島の風景 撮影=筆者

 長島の海は、岡山県北出身・在住の僕にとっては、あまりにも眩しく感じられた。初めて会う山本さんは、一瞬不安そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔になってあいさつをしてくれた。案内されたアトリエは三畳にも満たない小さな部屋だったが、そこには山本さんの作品を見たときに感じたすべての感情が、方々に散らばった絵具、絵具から飛び出した色、絵筆、スケッチなどと一緒に渦巻いていて、そのエネルギーが、全身で飽和状態になっている言語を解放していく感覚があった。その感覚は、具体的な作品を語る言語になったわけではない。僕は山本さんにただ、「山本さんの展覧会を奈義町現代美術館で開催したい」とだけ伝えた。これも、伝えてしまった、というほうが正しいかもしれない。山本さんは照れて笑いながら「わしの絵がそんなにええかあ。うれしいわ。ありがとう」と言った。これは毎月のように会っている山本さんが、いまでも会えば必ず口にする言葉だ。

山本一雄 水郷の朝 2019 キャンバスに油彩 91×116.7cm 撮影=山口総一郎 写真提供=奈義町現代美術館

 そこから約2年かけて、山本さんを、そして山本さんが生み出す絵画を知るために多くの時間を費やした。僕は山本さんが暮らしている場所である長島愛生園について、何も知らなかった。いっぽうで、それを知ることは山本さんの作品を知ることとはなんの関係もない、という思いもあった。だから山本さんの展覧会をしたいという意向を長島愛生園の園長に伝えたとき、「画家・山本一雄の生み出す絵画表現を顕彰したいので、ハンセン病という言葉は一切使わないつもりでいる」という話をした。それならば、という話で展覧会の準備は進んでいった。

 知識がないことで山本さんを不安にさせてはいけないという思いで、ハンセン病についても勉強していたのだが、勉強すればするほど「山本さんが長島愛生園で暮らしている」ということは、無視できない事実として作品のなかに込められているという実感が強くなっていった。山本さんが好んで描くモチーフである、枯れ木、カラス、冬、雪、枯れたひまわり、あるいは沈みゆく太陽に向かって歩くたったひとりの人物の背中。それらは容易に切なさや悲しさを連想させた。「楽しいから描いている。それだけ」としか語らない山本さんの言葉に嘘はないとして、その描く楽しみや喜びを、どうやったらこの絵画から感じ取ることができるのだろうか、ずっと考えていた。

長島幸枝さんの存在

 展覧会は「いまこの瞬間も山本さんは長島で暮らしながら絵を描いている」という事実を実感できるような構成にしたいと考えていた。空間の中心には、かつてのアトリエで使用していた画材を展示した。展覧会のタイトルにもした小さな部屋(アトリエ)のほぼ原寸大のパネル写真を展示し、さらに絵画作品の中心位置を山本さんの目線に合わせて配置した。しかしそれでもまだ、何かが足りないという感覚があった。いろいろ考えているうちに、そもそも山本さんはどうやって絵を描いているのだろうか、そのことが知りたいと思った。

会場の中央には、山本さんの小さな部屋(アトリエ)が再現された 撮影=山口総一郎 写真提供=奈義町現代美術館

 山本さんの作品の最大の特徴は、絵具の積み重ねによる絵肌の構築にある。それは点描の理論的な実践とも違うし、線でもない。その色は、点でもなく線にもならないが、たしかに隣の色とつながろうとするように伸びて、重なり、その無数の積み重ねでモチーフがかたちづくられる。過剰とも言えるような色の積み重ねは、大きなものでは2〜3センチほどの厚みになる作品もある。突起物のようになった混ざり合った色をどのように描いているのか。その秘密を知ることは、山本さんの絵画表現を理解するうえでも重要だと考えた。でも山本さんは撮影されることを嫌がるのではないか。嫌がることをお願いするのは学芸員としてのエゴにならないだろうか。そんな葛藤を、信頼できる長島幸枝さんに相談した。

 長島幸枝さんというのは長島愛生園歴史館の職員の方で、今回の展示が実現できたのは長島さんのおかげだ。展示に向けて決めていたことがある。それは「山本さんが嫌だと感じることは絶対にしない」ということだった。僕がつくる文章、マスコミへの対応など、展覧会に関するすべての事柄の倫理的チェックを長島さんにしてもらっていた。長島さんはとても美しい倫理観の持ち主で、僕の疑問を聞いてはその都度、山本さんに確認してくれていた。長島さんはいつも「私は学芸員ではないから」と言っていたが、そんな肩書きはどうでもいいということを、長島さんと関わるなかで実感していた。

 長島さんは、山本さんのご家族と会う機会をつくってくれた。そこで僕は「山本さんの表現の秘密を知りたいから、描いているところを撮影したい」と伝えた。長い時間をかけて話し合い、ご家族は協力することを約束してくれた。

絵を描くことのよろこび

 撮影当日、山本さんと会うと表情はとても硬かった。「たいぎいなあ(岡山弁で面倒くさいという意味)」と言われ、決めごとが頭をよぎる。やめようか、でも見てみたい。これは学芸員としてのエゴなのか、秘密を知りたい個人的な欲求なのか。ご家族に背中を押されてアトリエに入り、絵画の前に座る山本さんの背中は、悲しそうにも見えた。おもむろに筆を取り出し、無言で山本さんは描き始めた。数分でやめるだろうと思っていたが、自身の作品に関する思い出話を始めると、筆を動かす手の動きはどんどん速くなっていった。結局「もういいかな」と言ったのは、描き始めて40分以上が過ぎたときだった。僕はアトリエに立ち尽くし、描かれたばかりの光沢のある色を見て、山本さんは本当に絵を描くのが好きなのだと体感した。山本さんは、絵の前に座ってしまうと、楽しくて楽しくて描くことをやめられないのだ。迷いのない筆の動きは、一見恣意的に色を選んでいるように見えるが、その動きにはこれまでのすべての経験と感覚が総動員されており、描くことを楽しんでいる様子が全身から伝わってきた。使っていたのは毛先が固まってしまった面相筆で、その先にすばやく絵具をつけ、数センチもある混ざり合った色の突起物のあいだに突き刺す。そうして隙間に色を潜り込ませる。時には突起物にも色を突き刺し、できた凹みにまた別の色を突き刺す。こうやって色が混ざり合い、画面のなかで変化していく様を楽しんでいる。それは無邪気に、絵と、色と、戯れているようだった。

山本一雄 里路 2023 キャンバスに油彩 116.7×91cm 撮影=山口総一郎 写真提供=奈義町現代美術館

 山本さんの近作は、そのような過剰に積み重ねられた色の凹凸で構成されている。近づいて見ると、その突起は具象的な形としては意味をなさない。その色の積み重ねには、山本さんが描くために費やした時間そのものが積み上げられており、その膨大な時間感覚に圧倒される。近くで見ると抽象でしかない色の重なりは、離れて見ると像を結ぶ。何が描かれているのか、はっきりとわかるのだ。過剰な色の凹凸は、筆のタッチの数だけ陰影をつくる。その陰影は周囲の光を受けて、無数のきらめきとして鑑賞者の目に映る。

 山本さんは、数々の画家が実験し、数々の批評家が言語化してきた「絵画の鑑賞距離」や「抽象・具象」の問題を、すべて独学と感覚で実践してきた、類稀なる感受性を持つ画家、表現者だと断言できる。個々に描かれるモチーフは切なさや悲しさを連想させるかもしれないが、近づいてみれば、その過剰な色の層が喜びのなかで描かれていることがわかる。「楽しいから描いている。それだけ」という山本さんの言葉を思い出す。

 展覧会が始まって、山本さんに開催を祝う花を届けに行ったとき、山本さんは僕の顔を見てすぐに笑顔になった。「おめでとうございます」と言うと、「遠山さん、ありがとう」と初めて名前を呼んでくれた。僕は自然と手を差し出していた。山本さんの小さな手を握りしめて、「こちらこそ、ありがとうございます」と言うことで精一杯だった。

「山本一雄 小さな部屋から」の展示風景 撮影=山口総一郎 写真提供=奈義町現代美術館

編集部