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森美術館館長・片岡真実が語る「新しい日常と美術館」

新型コロナウイルスの影響が長期化するなか、美術館はどのように対処し、変化していくのか? 森美術館館長であり、国際美術館会議(CIMAM)会長でもある片岡真実の特別寄稿をお届けする。

文=片岡真実(森美術館館長)

「塩田千春展」ギャラリートーク風景(2019) 撮影=田山達之

 世界各地の美術館や博物館が休館して数ヶ月が経った。地域によって新型コロナ感染症拡大のタイミングや規模は異なり、徐々に緊急事態宣言を緩和する国も出始めてきた。日本でも博物館、美術館、図書館の再開が進みそうだ。この間、芸術文化活動に対する各国政府の対応策も注目され、またコロナ以降の世界や美術界、美術館のあり方にも様々な見通しが議論され始めている。現状の主な議論は、美術館など芸術機関への経済的インパクト、アーティストへの支援などだ。ほんの数ヶ月前まで世界中を忙しく移動し続けきたアーティスト、キュレーター、ギャラリストたち、世界各地から作品を輸送してきた美術館も、渡航制限や渡航後の隔離などが各国政府によって取り決められ、海外渡航は非現実的。各都市のロックダウンのために輸送業者も動けず、作品輸入ができないのと同時に、日本から返却すべき作品が倉庫に留まっているケースも多い。そこには明らかに“国境”があり、“国家”がある。易々と国境を越えて広がる不可視のウイルスに、人間は翻弄されている。

 いずれにせよ、あらゆる美術館がその存在意義を再確認すべき局面を迎えていると言ってよい。その存在意義を確かなものにするためにも、持続可能なモデルをこれから模索していくことになるだろう。現状では欧州型の公立館と米国型の非営利団体による運営で、状況の違いが明らかだ。米国の美術館では、基本財産があればそれを緊急資金に充当しつつ、すでに相当数のスタッフのレイオフや休職が報道されている。欧州型の公立館は、米国型ほど雇用は脅かされていないようだが、今回のパンデミックが政府の予算削減に繋がらないようロビー活動が早急に必要だという声も聞く。国公立、企業、財団など様々な運営モデルがある日本でも、従来の予算や人員、運営方法を再検証し、地域や人間にとって真に不可欠な存在であることを示す必要がある。ICOM(国際博物館会議)会長のスアイ・アクソイは「この危機が世界各地の数多くの文化機関を財政破綻の瀬戸際まで追い込むだろう」として、政府や民間支援者にミュージアムセクターへの緊急資金投入を呼びかけた。それは「現状が収束したら、私たちには、これまで以上にミュージアムが必要となるから」である(*1)。

ソーシャル・ディスタンシングと美術館

 美術館を経営的な観点から見れば、そもそも美術品の収集、展示、保存、普及などにかかる膨大な支出と収入をバランスさせるのは、平時でさえ難しい。政府や地方自治体、運営母体の企業から充当される予算以外に採算性を高めるためには、相当数の入場者が恒常的にあるか、米国型モデルのように企業スポンサーや個人パトロンに依存することになる。日本にはそこにメディア企業の事業部が介在する固有の事業モデルがある。近年では、予算的にも政府の政策的影響を受けやすい欧州型の美術館でも、米国型の資金調達を導入し始める例も見られている。イギリス国内に4館を抱えるテートも国立美術館だが、その収入の7割は自助努力によるものだ(*2)。

テート・モダン新館 (C) Pixabay

 こうしたなかで、コロナ危機によって広がる「ソーシャル・ディスタンシング」は美術館にどのような影響を及ぼすのか。まず明らかなのは、入場者数の制限によりブロックバスター(大量動員型の展覧会)を前提にした採算が困難になることだ。投資回収のためには、会期の長期化も考えられるが、その場合には逆に長期会期に耐えうる強いコンテンツが求められる。そもそも、美術館再開後も暫く各国の渡航制限が継続されれば、近年順調に伸びていたインバウンドも激減した現状が続き、回復に時間がかかることも予想される。国内旅行でさえ、緊急事態宣言後にすぐ元通りの数字になることは考えにくい。いずれにせよ、展覧会あるいは美術館全体の運営について新しいモデルが求められることは間違いない。これはメディア系事業部による展覧会モデルにも新たな挑戦を強いることになるだろう。

「六本木クロッシング2019展」ワークショップ実施風景(2019) 撮影=
鰐部春雄

 いっぽう、渡航制限を含む国境管理体制の強化は、既に美術品の国際間輸送を困難にしている。この状況が緩和されたとしても、通関にこれまで以上に時間やコストが掛かるようになれば、大型の国際展の輸送にも影響が出るだろう。さらには、美術館相互の作品貸借では常識だった、輸送の随行(クーリエ)がどこまで必要なのか、という声も聞かれている。こうした慣習も含め、展覧会制作のプロセスにおいて新しい国際基準が生まれる可能性もある。

 森美術館のように国際性を追求する美術館としては、いかにグローバルな動向をローカルな文脈と呼応させるかは重要な指針のひとつだ。しかしながら、これから直面する諸処の制限のなかでは、日本のアーティストを見せ、日本の観客を迎え、日本のアーティストの作品を購入する、といういわば地産地消的な考え方も、ローカルなアートシーンの回復を優先するうえでは重要だろう。また、国内でも行動制限が続くなかでは、美術館を取り囲む地域コミュニティとのつながりを強化することも考えなければならない。さらには、近年優れた事例も見られている通り、自館のコレクションをこれまで以上に積極的に企画展へ活用することも、促進されてしかるべきだろう。

森美術館 画像提供=森美術館

オンライン・プログラムの拡充とその影響

 ソーシャル・ディスタンシングによって直接的な影響を受ける美術館の事業に、トークやワークショップなどのラーニング・プログラムがある。大規模なプログラム開催は暫く難しいだろう。何人までなら良いのか、マスク着用ならワークショップも可能なのか、日々変化する状況に鑑みながら各館で方針を決めていくことになるだろう。

 そのなかで急速に重要性を増しているのが、美術館のオンライン・プログラムだ。早々にアーティスト・インタビュー、閉館中の展覧会のウォークスルー・ガイド、収蔵品紹介などが世界各地の美術館サイトで公開されている。この「オンライン」という領域は、従来は広報マーケティングやプログラムの記録を中心に活用されてきたが、今後は別のかたちで拡充されていくことになるだろう。Webinarなどを使ったトーク・プログラムも各界で始まっている。同じ空間でアーティストの話を聴ける臨場感との比較は難しいが、現実空間でのラーニング・プログラムと並行しながら相互補完的に機能するものとして有用性は高まっていくと思われる。

 オンラインのみで成立する展覧会には未だ懐疑的だが、オンラインの有料プログラムと展覧会チケットの連動など、現実空間の体験と相乗した発展形は考えられる。入場者数調整のため、既に一部美術館で導入されている日時指定予約制の導入が急速に広がることも想定され、チケットの電子化とオンライン・コンテンツとの連動にも可能性が広げられる。いっぽう、オンライン領域の拡充が進むなかでは、現実空間での実体験がこれまで以上に貴重になる。実物の持つエネルギーは敢えて説明するまでもないが、とりわけ作品の素材感、スケール感、振動やサウンド、場合によっては匂いや温度など、諸感覚を通した鑑賞は、企画の上でも重視されるべきだろう。

 しかしながら、現状ではオンライン・コンテンツの企画や編集にかかる人材、予算、技術といったインフラ整備が追いついていない。こうした新しい領域へのアーティストの起用も検討しつつ、同時に文化庁や経産省など政府レベルでの支援も強く期待したい。

森美術館が実施している「Mori Art Museum DIGITAL」より、「未来と芸術展」3Dウォークスルー

これからの美術館を考える

 こうした直近の対応策と並行して、より長期的な対応も考えておくべきだろう。現状のコロナ禍が収束したとしても、これは地球全体のより大きなクライシスの前兆でしかない、という見方もある。新たなウイルス感染が広がる可能性も指摘されている。コロナ以前からすでに喫緊の課題として注目されている気候変動問題に向けて、具体的な対応策を講じる時が来たということだ。今回のパンデミックを、膨張した人間中心主義への自然界からの啓示、あるいは地球の自浄作用と見る声も少なくない。これには筆者も同感だ。国連が定めたSDGsの目標年2030年に向けて、ミュージアム・セクター全体で何ができるかという問いは、ICOMも重要課題として取り組み始めているが、その意識を日本国内でも浸透させていくことは急務だろう。

 新しい世界、新しい日常のなかで、「現状が収束したら、私たちには、これまで以上にミュージアムが必要となる」という実感がいかに広く共有されるのか。芸術に直接触れ、美しさを享受し、アーティストの生き様や作品から世界を学び、未知の文化や価値観に触れ、生と死の問題を考え、想像力と感性を磨き、人間性を回復する。身体的な免疫力だけでなく、精神の免疫力を高める。いずれも美術館という場が提供すべき体験だ。数ヶ月の外出自粛と美術館休館を終えても、元通りの世界には戻らない。そうした前提で美術館あるいは芸術の存在意義について議論を深め、広げていくことは、美術館人としての責任でもある。現状すでに多くの課題が指摘されている美術館行政についても、抜本的な改革をする絶好の機会だろう。

 最後に、個人のアーティストやフリーランス、個人事業主の美術関係者への緊急支援対策に触れておきたい。諸外国と比較してその対応の遅れも話題になったが、ここに来て東京都、京都市、愛知県など地方自治体からも具体策が出始めた(*3)。演劇業界からは政府への要望書が3月17日に提出されたが(*4)、美術分野でのアーティストやフリーランス、個人事業主のためにもセイフティネットとして、なんらかの登録制組織が必要ではないだろうか。これは恐らく政府主導ではなく、容易に管理や検閲という方向へ繋がらないためにも自立した団体であることが望ましいが、幅広い個人が全国規模で加盟でき、情報が共有され、連帯のなかで創造活動が継続できるような新しい繋がりだろう。

 新しい日常のなかで美術館がいかにエッセンシャルな存在であり続けられるのか。まさに政府、自治体、美術業界全体の連帯が求められる。

片岡真実 撮影=伊藤彰紀

*1──The Art Newspaper, 24th April 2020,
*2──テートウェブサイトより
*3──美術手帖より
*4──日本劇団協議会ウェブサイトより

編集部

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