アイ・ウェイウェイの自伝から沖縄美術論、北朝鮮への元「帰国者」をめぐるプロジェクト本まで。『美術手帖』23年7月号ブックリスト
新着のアート本を紹介する『美術手帖』のBOOKコーナー。2023年7月号では、アイ・ウェイウェイの自伝から沖縄美術論、北朝鮮への元「帰国者」をめぐるプロジェクト本まで、注目の8冊をお届けする。
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ポストメディウム時代の芸術 マルセル・ブロータース《北海航行》について
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近年邦訳が相次いで刊行されているロザリンド・クラウスの1999年の著書は、歴史的に誤解・誤用されてきた「メディウム」なる概念の批判と、モダニズムの還元主義をめぐる言説の修正作業から始まる。クラウスがポストメディウム的な条件を持つ作品として評価するのはマルセル・ブロータースのプロジェクト「近代美術館、鷲部門」だが、「メディウム」に対する脱構築的な立場としてベンヤミンの理論を再評価しているのも興味深い。理論家による言説と美術家たちの実践の両面から「メディウム」概念の刷新を試みた一冊。(中島)
ロザリンド・クラウス=著 井上康彦=訳
水声社 2500円+税
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝
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艾未未(アイ・ウェイウェイ)の自伝だが、彼自身の半生だけでなく、艾未未の父であり詩人であった艾青(がいせい/アイ・チン)の人生の記述に多くのページが割かれている。艾未未は、自身が現在置かれている政治的に不安定な立場と、賞賛と非難が入り交じり波乱に満ちた芸術家としての艾青の人生を重ね合わせることで、父の置かれていた立場を理解しようと試みているようだ。本書は艾未未が中国当局による軟禁から解かれ、ドイツへと出国する場面で終わる。しかし、ドイツも必ずしも安住の地ではなかったようだ。本書は芸術における自由と国家権力との緊張関係を、ある一家の物語を通して示している。(岡)
艾未未=著 佐々木紀子=訳
KADOKAWA 2700円+税
レアリスム再考 諸芸術における〈現実〉概念の交叉と横断
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「リアリズム/レアリスム」なる概念には日本語で「自然主義」「現実主義」などの訳語が当てられてきたが、歴史的に展開されてきた「現実とは何か」をめぐる議論はそうした訳語に集約されるものではなく、地域や時代、政治状況によって異なる成果を蓄積させてきた。シュルレアリスムにおける「現実的なもの」の定義、ファシズム政権下で魔術的リアリズムが果たした役割。そのほかコラージュ、ポップ・アート、ヌーヴォー・レアリスムや沖縄の戦後美術をめぐる論考を収録し、「リアリズム/レアリスム」の多様性を観測する。(中島)
松井裕美=著
三元社 4800円+税
沖縄美術論 境界の表現 1872-2022
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1872年に琉球藩が設置されてから現在に至るまで、沖縄において展開してきた美術の流れを戦後を中心に概観したうえで、主要な作家に対する各論が提示される。記述のうえでは、米軍や本土との関係といった社会的な力学、1949年以来開催されている「沖展」などの美術にまつわる制度が重視される。加えて、中原佑介や針生一郎といった著名な美術批評家が本土を中心として展開した批評を引き、同時代の沖縄で展開した美術動向と比較することで、戦後美術の語られ方を相対化しようとしている。沖縄における美術の展開を示すことで、日本美術史を描くとはそもそもどのようなことかを問いかけているように感じられる。(岡)
翁長直樹=著
沖縄タイムス社 2700円+税
現代の皮膚感覚をさぐる言葉、表象、身体
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「触覚」ならぬ「皮膚感覚」にフォーカスした論考集。美術、文学、ファッション、建築などの事例から、皮膚というインターフェースの可能性が検討される。古今の文学・哲学における表象や医学的見地を通じて「かゆみ」を考える藤田尚志論文、岩明均のマンガ『寄生獣』にプラスチックのもたらす物質的想像力の影響を読み取る太田純貴論文など、ユニークな視点のテキストは読み応えがある。美術の研究書では視覚と対比的に触覚をとらえるものが多いが、本書は「皮膚感覚」のファジーな定義から自在に発想を広げている。(中島)
平芳幸浩=編
春風社 3700円+税
朝露 日本に住む脱北した元「帰国者」とアーティストとの共同プロジェクト
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かつて、日本から北朝鮮への「帰国事業」が行われていた。《朝露》は、この事業に参加しながらものちに北朝鮮を離れることになった人々と、アーティストや研究者との交流のなかから生まれた思索や逡巡の成果を作品化したプロジェクトである。元「帰国者」は、北朝鮮に付与されている社会的イメージから、現在でも自身の背景を明かすことが難しい状況にあるという。本書にはプロジェクトに関わる基本事項の説明や、様々な論者による考察がおさめられている。とりわけ、 琴仙姫(クム・ソニ)の映像作品の鑑賞経験を、「もう一人の私」だったかもしれないと自身の経験と重ねつつ書く鄭暎惠(チョン・ヨンヘ)の文章が印象的だ。(岡)
琴仙姫=編
アートダイバー 2400円+税
つくる〈公共〉50のコンセプト
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2021年に開館20年を迎えた“メディアテーク”。情報環境の変動の渦中から見出した50の言葉を手がかりに、市民と公共のこれからを考える一冊。3章に分けて、〈公共〉にまつわる「なじみの言葉をとらえなおす」、実践者の「経験を言葉にする」、徴候を示す言葉から「これからの社会に問いかける」。一人ひとりの語りは、現場での実践から導き出されたやさしさとしなやかさがある。(編集部)
せんだいメディアテーク=編
岩波書店 2600円+税
いなくなっていない父
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ベッドの上で自らが被写体になった『father』(青幻舎、2016)を眺めている父。その父を撮影して、新たな書籍の表紙にする息子。この何重もの入れ子の構造は、父のことを語っているようでもあり、父を通して自身のことを語っているようでもある。それは、過去の体験や思いを語り直すことで現実が多層化していき、読者の現実も揺さぶられる読後感にも通底している。(編集部)
金川晋吾=著
晶文社 1700円+税
(『美術手帖』2023年7月号、「REMARKS」より)