春はまた巡る
デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る
老年期を迎えた大画家とその盟友である美術評論家の交流記。フランス北部のノルマンディーに新たなアトリエを構えたホックニー。あるときは対面で、あるときはメールで続けられたゲイフォードとのやりとりからは、古今東西の美術作品、アトリエ周りの環境、iPadを用いたデジタルドローイング、色や光への尽きせぬ関心が伝わってくる。その旺盛な探求心はコロナ禍における制限された生活でも変わらないが、一瞬を楽しむ姿勢と自然に注ぐまなざしには老境ならではの思いも反映されていそうだ。(中島)
『春はまた巡る デイヴィット・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』
デイヴィッド・ホックニー+マーティン・ゲイフォード=著 藤村奈緒美=訳青幻舎 3500円+税
原郷の森
著者と思しきYが「原郷の森」と呼ばれる場所で古今東西の著名人、はては動物や神仏と議論を交わす様子を描いた物語。本書は、夢と現実が入り混じる感覚を与える小説の形式をとって横尾忠則の方法論を提示しているように思われた。多彩な登場人物は、絵画作品における多様な情報源からの引用を想起させる。また、終わりなく展開していく会話からは、横尾自身の多作さを思い出す。最終盤では、『原郷の森』という書物は一区切りしても、作家はここに回帰するだろうと予言されている。この予言のなかに創作という執念を抱えてしまった作家の性(さが)が具現化されているように思えた。(岡)
『原郷の森』
横尾忠則=著
文藝春秋 3800円+税
糸玉の近代二〇世紀の造形史
「芸術」「万博」「建築」「技芸」といった4つのテーマで20~21世紀の多様な芸術生産を考察した論考集。モンテッソーリの児童教育実践からジャコモ・バッラの総合芸術的な活動に連なる線を見出す、美術史家ロベルト・ロンギの批評からウンベルト・ボッチョーニの彫刻を解体的に読む、ファシズム政権下で開催をもくろまれた幻のローマ万博を精査する──。イタリア美術研究者らしい丹念な調査にもとづいたこれらの論考に加え、パラモデルほか日本の現代美術家についての評論も精彩に満ちた語り口だ。(中島)
『糸玉の近代二〇世紀の造形史』
鯖江秀樹=著
水声社 3800円+税
杉本博司自伝 影老日記
『日本経済新聞』の「私の履歴書」欄に連載された文章を加筆の上でまとめた杉本博司の一代記。本人もふれているように、ひとりの人生がここまで起伏に富んだ面白いものになるのかとついつい読み進めてしまう。若い頃の逸話には思わずワクワクする。例えば、ニューヨークで一緒に過ごした友人たちのこと。MoMAでのジョン・シャーカフスキーとの初対面。いっぽう、近年の活動の規模と多様さにも驚嘆するばかりだ。本書は、海から始まり、海で終わる。海は杉本の時間に対する意識の在り方や人類に関する認識を示す題材でもある。この本では、彼の人生をたどりながら、その思想に浸ることもできる。(岡)
杉本博司=著
新潮社 2900円+税
アートはどこへ行く? 小倉正史著作選集
1960年代から2010年代にまたがる美術評論家の小倉正史の活動をまとめた一冊。採録されたある文章の副題に「問題提起のためのノート」とあるように、タイトルに採用された問いに対する明確な解答は用意されていない。あるいは、小倉は唯一の答えを用意することにあまり意味を見出していなかったようにすら思える。実際、彼は批評のなかでほとんど断言しない。かわりに、思考のための材料を提供する。これは、彼の批評的包摂力や教育的な側面の現れである。他方で、美術をめぐる多元的な価値観を前提として活動をすることになった評論家の困難ととらえることができるかもしれない。(岡)
『小倉正史著作選集』編集委員会=編
水声社 4500円+税
日本文学大全集 1901−1925
文学×美術。2つのジャンルが交差する世界を描く画家による「百科事典」形式の作品集。1901~25年の四半世紀のあいだに書かれた明治・大正時代の小説をピックアップし、作品の登場人物、時代背景にまつわるモチーフをコラージュふうに組み合わせ、各図像についての詳細な解説を施す。夏目漱石、志賀直哉、芥川龍之介といった著名作家だけでなく、マイナーな作家の作品も扱うことで歴史のとらえ方に幅が出ている。レトロとキッチュとポップが入り混じる絢爛な画面が「見る」「読む」の相乗的な愉悦を誘う。(中島)
指田菜穂子=著
アートダイバー 2500円+税
(『美術手帖』2022年7月号「BOOK」より)