「第18回 shiseido art egg 『すずえり(鈴木 英倫子)展 』Any girl can be glamorous」(資生堂ギャラリー)

展覧会タイトル「Any girl can be glamorous」は、女優で発明家という異例の経歴をもつ、ヘディ・ラマー(1914〜2000)の言葉からのものである。現代の私たちの日常に欠かせない、Wi-Fi や Bluetooth、GPSといった技術は、作曲家のジョージ・アンタイルと、女優のヘディ・ラマーが1941年に特許を取った、魚雷制御のための暗号通信システムがベースとなっている。ヘディはオーストリア・ウィーン出身の女優で、当時「世界で最も美しい女性」と称された。1933年にチェコ映画『春の調べ』で主演を務め、映画史上初のヌード、性的シーンで一躍注目を浴びる。その後、ドイツ製の兵器商であった夫と結婚するが、窮屈な生活を強いられたヘディはパリへ逃れ、1938年にはアメリカに渡りハリウッドで活躍する。ハリウッドでは『サムソンとデリラ』(1949)などに出演し、大成功を収める傍ら、趣味として発明を探求。アメリカへ帰化していたヘディは、第二次世界大戦中、アメリカ海軍が、無線誘導の魚雷が通信妨害に遭っていることを受け、作曲家ジョージ・アンタイルとともに周波数ホッピング・スペクトラム拡散(ある周波数帯域をいくつかの細かいチャネルに分割し、送信と受信の双方があらかじめ取り決められた切り替えパターンに従って、数ミリ秒〜サブミリ秒ごとに周波数を次々と高速で変えながら通信する方式)を発明する。特許を得て、この技術をアメリカ軍へ提案するが、女優として名を馳せていたこともあってか、アメリカ軍は見向きもしなかったという。ヘディの“Any girl can be glamorous”(誰だって魅力的な女の子になれる)の言葉のあとには、こう続く。“All you have to do is stand still and look stupid.” (バカなフリして立っていればいいのよ)。この技術の重要さにアメリカ軍が気づいたのは戦後1960年代に入ってからだった。
本展は資生堂が新進アーティストを支援する「shiseido art egg」第18回の2期として開催された。すずえりは、楽器や電球を自作の電子回路や通信機器と接続した装置を制作し、そこに表象される音や光に物語性を見出す作品を手がけるほか、即興演奏家としても活動する作家である。コロナ禍を通して、オンラインを介した即興演奏の機会を得たすずえりが着目したのは、「通信の遅延をどう演奏に取り込むか」「通信 (コミュニケーション)そのものをどう音楽、そして表現に落とし込むか」ということだった。
本展では様々に「通信」を用いた作品が展示される。作品を鑑賞し、ピースを集めるうちに、私たちはヘディが抱えていた女性としての生きづらさに直面することになる。
《メルクリウスーヘディ・ラマーの場合》(2022〜)では、スピーカーが内蔵された受信機を、天井から吊り下げられている電球(送信部)にかざすと映画のセリフや当時のテレビ番組、ラジオのニュース、ジョージ・アンタイルの曲などが聞こえてくる。この作品では、グラハム・ベルが発明した可視光通信の仕組みを利用している。「通信」という手段を通じて、現代を生きる私たちに当時の様子を訴えかけてくる。

《逆説の十戒》(2025)と《ピアノは魚雷にのらない》(2025)は、それぞれトイピアノとアップライトピアノを用いた作品である。先述の「周波数ホッピング・スペクトラム拡散」を発明したのは、ヘディと作曲家のジョージ・アンタイルが即興で転調をしながらピアノを弾いていたときだった。壁に投影されたケント・M・キース「The Paradoxical Commandments」の詩の文字に連動して、トイピアノとアップライトピアノが通信を行う。詩の一文に登場する音階であるC, D, E, F, G, A, B(=ドレミファソラシ)のアルファベットに対応して鳴ると、音名がアップライトピアノに送信され演奏される。ふたつのピアノの通信にはBluetoothが使用されている。Bluetoothもヘディの発明を基盤とした技術のひとつである。
《彼女の絵を探している》(2025)では、すずえりが以前ニューヨークで目にしたという、ヘディが晩年に書いた絵が制作のきっかけとなっている。「あの絵を見たときの、深い穴を覗き込んだときのような気持ち。それからずっと彼女の顔と絵を探している」という、すずえりの文章からは「世界で最も美しい女性」「Wi-Fiの母」、そしてひとりの女性、様々な顔を持つヘディのマテリアルを集めようとしている様子がうかがえる。

「通信」という手段を媒介して、へディ・ラマーとすずえりの対話が会場ではくりひろげられる。また、鑑賞する私たちも、作品を通して多少なりとも多くの女性が直面する「年齢」「容姿」「社会的評価」、女性の生き方について考えさせられることになる。
ヘディ・ラマーは1997年、電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)から偉大な発明者として表彰され、没後から15年ほど経た2014年に全米発明家殿堂入りをはたしている。
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