近くて遠い、私的な経験と普遍性とのあいだを行き来する
師走の京都で開催された「春望 Gazing at Spring」展が筆者にとって印象的な鑑賞体験として記憶された理由は、本展が私的な経験をパブリックな場でひらき、共有することを恐れない展覧会だったためだ。
本展の嚆矢は、展示を企画したアート・コンサルティングファームのコダマシーン(金澤韻+増井辰一郎)、そして出展作家の方巍(ファン・ウェイ)とUMAが2022年の春に上海で体験した大規模なロックダウンだ。上海では当時、新型コロナウイルス感染拡大を封じ込めるために2500万人を対象としたロックダウンが行われた。市民は外出を禁じられ、例えば同じマンションから感染者がひとりでも出ると居住者全員が強制隔離されるなど、極めて厳格な政策がとられた。その結果、食料品確保をはじめとする基本的な日常が立ち行かず、当局と市民との衝突も起こった。
5年前に世界の人々が肌で感じた生死に直結する恐怖は今日、例えば万博誘致や、医療費の逼迫というエクスキューズ、偏った報道によって過去のものにされようとしている。「新型コロナウイルスをテーマとする展覧会」と聞き、もし「なぜ今頃?」と思うならば(私は少し思った)、年月が移り変わり、恐怖や不自由さを過去のことにしたい人間の欲望や願望を優先したいまを、私たちは生きているからだろう。
上海でのロックダウンを端緒とする本展だが、出品作は必ずしもコロナ禍を機に制作・発表されたものではない。作品に共通するのは、人間社会の葛藤や自然への畏れを引き受けつつ創造的な抵抗を試みる姿勢であり、このことが特定の事象に留まらない奥行きを本展につくり出した。