ロバート・スミッソン、淺井裕介、ロジャー・アックリング、吉川陽一郎
展示は、1960年代以降にアースワークを牽引した代表的な作家、ロバート・スミッソンの映像作品《Spiral Jetty》(1971)からはじまる。本作は現地で制作された作品だけでなく、映像やテキストとしても展開され、それぞれが独立した作品となっている。映像内では様々な対象による螺旋形態が反復され、本作が静的なモニュメントではなく、つねに変化し続けるものであることを強調している。


身体スケールを超えた大作を手がけてきた淺井裕介は、かねてより構想していた地上絵《Ladakh Geoglyphs》(2024〜26)をインドのラダックで実現させた。現地の岩々を目印に、日干しレンガと石灰を用いて動物と植物が混ざり合うイメージを星座のように描いた、線の総延長約1キロに及ぶ大作だ。会場では丘の上からの写真に加え、実物の日干しレンガや同サイズの陶作品などが紹介されている。また、日本全国114ヵ所の土を採取して南から北へと並べた《114層の日本の地層》(2026)も展示。壁の向こう側に横浜の土が迫る会場環境と呼応している。

巨大な作品を想起させるアースワークにおいて、ロジャー・アックリングは極小のアースワークを手がけた。会場で紹介されているのは、海岸などで集めた流木に、虫眼鏡で太陽光を集光して焦げ目をつけ、模様を描く作品群だ。作業は必ず流木を拾った現地で行われる。小さなサイズでありながら、流木の形成、太陽光の到達、そして太陽光を用いた描画に至るまでの膨大な時間の蓄積がそこに集約されている。



吉川陽一郎は、鑑賞者の行為そのものを作品の一部として取り込む。会場の《きもちのきわを歩くーReceptor 2026》(2022〜26)は、鑑賞者が木製立体の下部にグリーンカルダモンを敷き、それを押し回しながら挽く作品だ。歩きながらもどこにも辿り着かないこの円運動は、一見すると「目的のない行為」である。しかし、その行為によって会場に満ちていくカルダモンの香りは、その無変化に見える行為のなかで、確実に何かが変わり続けていることの証左となる。作家は、この目的のない行為の繰り返しを、一見動きを止めているように見えて変化し続けている大地の営みへと接続させている。また、入り口にある《散歩のお供》(2026)も体験型作品だ。靴によって大地との接触を失った現代人の足裏に対し、車輪を通して床面の凹凸や硬さを身体へと伝達する。



















