量子セクションを進んだ先で、時間そのものの感覚を静かに揺さぶるのが、古澤龍の映像作品《Mid Tide #3》(2024)である。千葉の海を同一地点から約3時間半にわたって撮影した映像を素材に、時間と空間の関係を組み替えた本作では、波の反復がたんなる潮の満ち引きの記録を超え、奥行き方向に「時間の層」が重なっていく光景として立ち現れる。固定された視点と一定の時間の流れという映像の前提が崩れることで、鑑賞者は、私たちが日常的に感じている時間とは異なるリズムに身を委ねることになる。

展示空間の中心を占めるのが、落合陽一による大規模インスタレーションだ。飛騨高山の匠の技で彫刻された木彫の「手長足長」と、巨大なLEDビジョンにリアルタイムで生成され続ける映像が同一空間に配置されている。本作は、横へ広がるパノラマではなく、上下方向に視線を導く「バーティカル・パノラマ」として構成され、鑑賞者の身体感覚そのものを取り込む。質量を持つ彫刻と、質量を持たない映像がせめぎ合いながら共存することで、物質と非物質の境界が揺らぎ続ける空間が立ち上がっている。


不可視の存在を「見る」ことの根源的な問いは、逢坂卓郎の《生成と消滅 2025》(2025)において、きわめて静かなかたちで示される。超新星の爆発に由来し、私たちの身体を通り抜け、地下深くまで到達している宇宙線は、通常、感覚として捉えることはできない。本作では、宇宙線が検出された瞬間にLEDが一瞬の光を残して消え、やがて再びゆっくりと灯る。その反復を見つめるうちに、生成と消滅、誕生と終焉といった時間の循環が、生命や宇宙のスケールで想起される。1995年に原型が成立したこの作品は、いまなお現在形の問いとして鑑賞者に作用し続けている。




















