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堂本印象とは何者だったのか? 「没後50年 堂本印象 自在なる創造」(京都国立近代美術館)開幕レポート【3/7ページ】

 龍村平蔵の支援によって京都市立絵画専門学校へ入学した印象は、入学した翌年に第1回帝展に初出品して入選を果たす。2章「画壇デビュー」は、印象の華々しい画業の始まりをたどるものだ。第1回帝展入選作の《深草》(1919)、第3回帝展で特選を受賞した 《調鞠図》(1921)、翌年の第4回帝展に出品し帝展無鑑査の資格を得た《訶梨帝母》(1922)、そして第6回帝展で帝国美術院賞を受賞した《華厳》(1925)など、その地位を確立する契機となった重要作品が並ぶ。とくに制作に2年をかけた大作《華厳》は所蔵元である東大寺でも展示される機会は少なく、本展は貴重な鑑賞機会と言える。

展示風景より、《深草》(1919)
展示風景より、 《調鞠図》(1921)
展示風景より、手前が《訶梨帝母》(1922)
展示風景より、《華厳》(1925)

編集部