東京・六本木の国立新美術館で大巻伸嗣の個展「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」が開幕した。会期は12月25日まで。担当学芸員は長屋光枝。
大巻は1971年岐阜県生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業後、同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。空間を変容させながら、鑑賞者の位相を自在に変化させるようなインスタレーションやパブリック・アートで知られている。
今年4月に東北地方初となる個展「⼤巻伸嗣―地平線のゆくえ」を弘前れんが倉庫美術館で開催した大巻が、今度は国立新美術館を舞台に個展「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」をつくりあげた。国立新美術館では、その空間的な広がりを最大限に生かし、3つの大規模なインスタレーションを中心に展覧会が構築されている。
最初の8メートルの天井高を誇る奥行きのある展示室では、明滅する巨大な壺型の構造物を中心としたインスタレーション《Gravity and Grace》(2023)が来場者を迎える。これは、2016年に初めて発表された「Gravity and Grace」シリーズの最新作だ。
広大な空間に置かれた壺型の構造物は、鑑賞者が見る角度によって様々に表情を変える。壺の表面には世界中の様々な文化が生み出した紋様が表されており、内部の回転し上下する発行体によって照らされた紋様の影が、展示空間に多彩な表情を与えるようになっている。本作と対峙する鑑賞者の影も変化を続けるので、身体が作品のなかに組み込まれていくようだ。
床面は黒に塗られているが、よく目をこらすと各所に言葉が印字されていることに気がつくだろう。これは、詩人・関口涼子とのコラボレーションから生まれた詩だが、その言葉は作品の明滅に連動するように照らし出されており、日々、生きているだけで通り過ぎていってしまう瞬間を想起させる。
この《Gravity and Grace》に関連し、大巻はフォトグラム作品《Gravity and Grace moment 2023》も制作している。フォトグラムは、印画紙のうえに直接ものを置いて焼きつける写真の技法で、光の当たった部分が黒く、ものが存在した部分は白くと、光と影が逆転した写真ができあがる。今回展示されているフォトグラムは、身体を介在させることで、光と影のあいだに存在する人間が浮かび上がらせた作品だ。
《Liminal Air Time ̶ Space 真空のゆらぎ》(2023)は、大巻のキャリアを代表するシリーズの最新作となる。暗闇のなかで薄いポリエステル布が風によって変化し続ける本作は、実体化した気配を見るような体験をもたらす。本館の広大な展示空間につくられた変化する造形物は、長時間見ていても見飽きない不思議な体験を見る者に与えてくれるだろう。
「存在」を問い続けている大巻は、近年言語という視点に注目している。本展に出展された音と映像による作品《Rustle of Existence》は、人間の存在を言語から考察するという着想からつくられた。大巻の自宅の裏にある雑木林の映像に、言語を通じた思索を重ねた実験的な本作は、現在の大巻の思考を知る助けになるはずだ。
また、本展では大巻がこれまでほとんど発表してこなかったドローイングが多数出品されている。通常はあまり見せることがなく、作家本人も「あまり人に見せたくない」と語っているものだが、インスタレーションの完成に向けて悩みながら何度も繰り返しドローイングを行い、気配を探しすという大巻の創作の過程を知るうえで、重要な作品群と言えるだろう。
展覧会タイトルの「真空のゆらぎ」について、大巻は次のように語った。「宇宙の始まりのように、空気を奪い去ったときに発生する真空、そこから新たなものが生まれてくると感じており、そのイメージをタイトルに込めた。エネルギーのうねりが空間になっていくような展覧会を目指した」。
鑑賞者一人ひとりの身体を以て鑑賞する大巻の作品群。ダイナミックなスケールの作品に身体を浸すことになる本展は、多くの人々にとって自身の身体を見つめ直す契機になりそうだ。