ブライアン・イーノの個展「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」が、築90年の歴史ある建物・京都中央信用金庫 旧厚生センターにて6月3日から開催。代表作から世界初公開作品までが一堂に会する本展の魅力をレポートする。
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アンビエント・ミュージックの創始者、U2をはじめ数々の名盤を世に送り出した音楽プロデューサーなど多様な顔を持つブライアン・イーノ。彼はまたヴィジュアル・アートとして、音と光の双方が途絶えることなく変化しシンクロしあう空間芸術「ジェネレーティヴ・アート」をつくりあげた。本展は、彼のコロナ禍においては世界初となる大規模な展覧会である。
1階のチケット売り場の先へ進み、暗幕をくぐった先の部屋には《77 Million Paintings》の展示空間が広がる。室内に足を踏み入れると、音が空気を震わせながら響く。靴を脱いで放射状に置かれた席のひとつに腰を下ろせば、映画のスクリーンほどのサイズで絶えず変化する光の芸術に目を奪われることになるだろう。
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タイトルの「77 Million」にも表れているように、本作で自動生成される膨大な数のヴィジュアルは、鑑賞者にまたとない瞬間を提供する。鑑賞中に誰かが前を通り、「そろそろ」とつられて席を立とうとするやいなや、視界を満たす光景がガラリと変わるのだ。それゆえ、繰り返し先が見たくなり、座り心地の良さも相まって時間忘れて空間に浸ってしまうことだろう。
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階段を上がり、3階に進む。「The Ship」と書かれた壁のカーテン向こうでは、暗闇のなかに荘厳なオーディオセットが照らされていた。この《The Ship》はタイタニック号の沈没、第一次世界大戦、「傲慢さとパラノイアの間を揺れ動き続ける人間」をコンセプトの始点に置き、音楽、インスタレーション、作曲というイーノの取り組みが集約した作品だ。
暗闇に目が慣れて真っ暗だった空間の奥行きを把握できるようになると、筏のように椅子が並んでいるのがわかる。入口に近いひとつに腰を掛ければ、教会、宇宙、海を想起させる様々な音に包まれる。奥に進むと、さらに人間の声が耳に届きはじめる。こちらも、ひとりごとのようなものから囁くようなもの、助けを求める嗚咽に近い音までじつに多様である。
突き当たりにあるオブジェクトとこれを照らす青白い光を眺めると、ふと静寂が訪れる。同じ部屋のなかでも、いつ・どこで立ち止まるかによって、まったく異なる体験ができる。
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3階ではまた、世界初公開の作品《Face to Face》を見ることもできる。実在する21人の写真群から制作がはじまった本作では、映し出される3つの画像が別の顔へとピクセル単位でゆっくり変化していく。
毎秒30人ずつ、総計3万6000人もの「新しい人間」を生成する本作。鑑賞者が出会うのはおよそ実在しない人物であるが、一瞬として同じ人物はおらず、「絶えず変化する」というイーノのインスタレーションに通底するコンセプトがダイレクトに伝わる作品となっている。
順路に従い2階に向かおうとしたとき、階段に至るまで見られる会場内の配色に意識が向くかもしれない。会場は「カラフルに」というイーノのリクエストに対して日本の伝統色から提案された色の数々で構成されたという。この色への意識からも、本展が隅々までこだわった空間芸術であることが感じられるだろう。
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横長の部屋に並んでいる《Light Boxes》は、LED技術を駆使した光の作品。本作と真正面から向き合えば、作品の表面下にあるボックスから発光した鮮やかでありながらも穏やかな輝きに心を奪われるだろう。時間の経過によって色彩が変化し続けるため、同じ場所にあっても受け取る印象が変化する魅惑的な鑑賞体験となっていた。
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実は《Light Boxes》と《Face to Face》の2作品と、入口から化粧室に至るまでは、日本初公開となるオーディオ作品《The Lighthouse》によってシームレスにつながっている。
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会場に一体感を持たせる工夫としては、通路と2階のラウンジに飾らる盆栽にも目を向けてみたい。静的な存在である盆栽は、一見するとイーノの作品とは対照的なものとして目にうつるかもしれない。しかし、盆栽研究家で本展のディレクション務めた一人である川﨑仁美は、むしろ親和的なのだと話す。
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「今回の展示には、川の流れのように絶え間なく変化する、水を思わせる作品が多いです。配されている盆栽は、展示作品とともに、山と水のある自然の景色を感じさせる役割を担っているのです」。
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日本の京都における展示ゆえの独自性は、展示空間にも見ることができる。《77 Million Paintings》を鑑賞する際、室内を数本の細い柱が貫いているのがわかるだろう。これは16年前に2006年にラフォーレミュージアム原宿で世界初公開された際には存在しなかった。
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聳え立つ柱の素材としては当初、白樺が予定されていたものの、湿度が高いという気候条件下にある京都には馴染みがなかった。そこで、室町時代からの北山杉が代案としてあがり、土地に根付いた素材を使用するこの提案に対してイーノが快諾したため、設置に至ったという。
本展を後にする頃、入口付近に大きな白い暖簾がかかっていることに気づいた。川崎によると、神事の衣服にも使われていた「大麻布(*)」でできた暖簾で、神聖な空間を囲う結界の役割を果たしてきたという。これも日本での個展に際してイーノに提案し、採用に至った試みだ。
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音と映像が絶え間なく変化し続けるブライアン・イーノのインスタレーション。その代表作から世界初公開作品までが一堂に会する会場は、「どの瞬間も一期一会となるような体験」を叶える作品と共鳴する工夫に満ちている。本展を訪れれば、2022年に京都で行われるからこそ叶う特別な鑑賞体験に身を委ねることができるだろう。
*──毒を抜いた大麻を輸入して、日本で加工した上で使用している。