東京・お台場の日本科学未来館で「第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展」が開幕した。会期は10月3日まで。
「文化庁メディア芸術祭」は、アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルで、1997年度より毎年度開催されている。
第24回となる今年は世界103の国と地域から応募された3693作品のなかから、アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4つの部門ごとに、大賞、優秀賞、ソーシャル・インパクト賞、新人賞、U-18賞を選出。また、世界34の国と地域から応募された114作品のなかから、フェスティバル・プラットフォーム賞を選出。あわせて、功労賞としてメディア芸術分野に貢献のあった人物を選出した。
「第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展」はこれらの受賞作品を展覧会形式で一堂に集めるもので、作品の紹介に加えて、制作における資料展示や、実際に体験してみるコーナーなども用意されている。この受賞作品展の見どころを、アート部門の作品を中心にピックアップしてレポートしたい。
アート部門
アート部門の大賞に選ばれたのは、小泉明郎によるパフォーマンス作品《縛られたプロメテウス》だ。同作は古代ギリシャのアイスキュロスによる戯曲『縛られたプロメテウス』を出発点に、文明社会におけるテクノロジーと人間社会との緊張関係を、VR/AR技術を駆使した体験型演劇作品として展開した。会場では同作のパフォーマンスの様子が、映像で紹介される。
優秀賞に選出されたのはフランスのAdrien M & Claire Bによる《Acqua Alta – Crossing the mirror》と、オーストラリアのNathan THOMPSON / Guy BEN-ARY / Sebastian DIECKE《Bricolage》、オーストリアのStefan TIEFENGRABER《TH-42PH10EK x 5》、そして日本のSee by Your Ears(代表:evala)による《Sea, See, She – まだ見ぬ君へ》だ。
《Acqua Alta – Crossing the mirror》は、紙に描かれたドローイングをタブレットやスマートフォンの専用ARアプリを通して見ることで、ストーリーを鑑賞できるポップアップブック。白い紙を折ってつくられた家や黒いインクで表現された背景の上に、ダンサーの動きを撮影して作成されたAR映像が重ねられる。
《Bricolage》は、ヒトのiPS細胞から作製した心筋細胞でつくられ、絹製の組織体で培養された自律的な生命体「オートマトン(自動装置)」に関するリサーチプロジェクトだ。生体材料として使われることの多い素材である絹の上で細胞が増殖し、脈を打つことでオートマトンが動くという、挑戦的であると同時に不安も伴うパフォーマンスが展開される。
《TH-42PH10EK x 5》は、約45分間かけて振り子のように揺れる5台のモニターとそこから生まれる音、さらに音と連動する映像が組み合わさったインスタレーション。動作が停止すると、モニターはケーブルウインチで元のポジションに再度引き上げられ、リップコード(パラシュートを開くためのひも)を引くことで振り子動作が始まる。
《Sea, See, She – まだ見ぬ君へ》は完全な暗闇のなか、「耳で視る」という感覚をもたらす「音の映画」だ。音だけの世界に約70分つつまれることにより、それぞれの観賞者の脳内には、まったく異なるビジョンが浮かび上がる。上映終盤には立体音響システムによる高密度なサウンドと、特殊な映像によって映像よりも鮮明な映画体験ができる。
ソーシャル・インパクト賞を受賞した《Google Maps Hacks》は、ドイツのSimon WECKERTの手によるもの。展示空間には99個のスマートフォンが入った手押し車が置かれている。作者は、このスマートフォンでグーグルマップを起動、手押し車で町なかを移動させることで、実際には存在しない交通渋滞をつくりだした。すでにインフラとなっている私企業のプラットフォームに、DIY的手法で介入することに成功する興味深い事例となった。
新人賞に選ばれた3作品も見逃せない。小林颯《灯すための装置》は、小型のレーザープロジェクターとロボットを使用し、暗い部屋のなかで白線による手描きのアニメーションが壁面に浮かび出される。科学未来館の7階会場では、実際に部屋に入ってパフォーマンスをするロボットたちを間近で見ることが可能だ。
Kaito SAKUMA《Ether – liquid mirror》は、鑑賞者の心拍のオーディオデータがミラーに送られ、その鏡面が振動することによって心臓音が響くインスタレーションだ。鏡に映る自身の「生」を意識させる本作は、作者の第一子に対する祝福でもある。同作は、科学未来館の外の庭園部分に設置され、鑑賞者は前に立って自身の心音を響かせることができる。
小宮知久の《VOX-AUTOPOIESIS V -Mutual-》は、演奏者の声を分析したデータを楽譜生成のアルゴリズムとして用い、生成された楽譜に沿って演奏者が歌うことで、演奏と生成が繰り返される作品。機械との協調により演奏の上達がみられるという機械と身体の新たな関係性や、従来とは異なる記譜のあり方も提示している。
エンターテインメント部門
エンターテイメント部門の大賞は、岩井澤健治監督による長編アニメーション作品『音楽』が受賞した。同作は、実写映像をもとに作画を行う「ロトスコープ」の手法を用いており、7年半もの歳月をかけてつくられている。野外フェスのシーンではステージを組み、実際に観客を動員したライブを行いながら撮影を敢行するなど、柔軟な発想で制作が進められた。会場では、同作のイメージボードやメイキング映像、絵コンテなどの資料が展示される。
優秀賞を受賞した「劇団ノーミーツ」は、新型コロナウイルス感染症の流行を受けた緊急事態宣言発令の2日後に結成された劇団だ。稽古から上演まで「⼀度も会わずに」フルリモートで演劇を制作するオンライン劇団として、演劇という表現メディアを拡張する可能性を探っている。会場では映像と画像を組み合わせた展示で、その活動を知ることができる。
ソーシャル・インパクト賞を受賞した「分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β」は、寝たきりや移動が不⾃由な状態でも操作できる分⾝ロボット「OriHime」を開発し、それを活用して障害者雇⽤を促進する社会実装プロジェクトだ。同作のブースには実際に「OriHime」が配置されており、遠隔で自宅から出て就業することが困難な人が案内や説明の業務を行っている。障害者雇⽤が不⼗分な社会に対する解決策を、テクノロジーによって提示している。
アニメーション部門
アニメーション部門は作品映像や原画資料などを中心に展示が行われている。同部門の大賞を受賞したのは、湯浅政明監督の『映像研には⼿を出すな!』だ。女子高生3人が、作画、設定と背景美術、プロデュースといったそれぞれの特技を活かしながら、アニメーション制作を行うテレビアニメで、手描きアニメーションならではの迫力ある表現で、「アニメのおもしろさをアニメで」を描いた作品だ。
また、新人賞を受賞した意欲的な短編作品にも注目したい。森重光・小笹大介による『海辺の男』は、とある島で巨大なエビのような生物「オオニュウドウ」の研究をしている男が、映像とともに自らの研究について淡々と説明する3DCGアニメーション。実際には存在しない生物とその研究を、モデルやモーションのつくりこみ、細かな設定によって表現した。
同じく新人賞のふるかわはらももか『かたのあと』は、「性」を意識する年頃のビビッドな感情を描いた、感覚に訴えかける作品だ。友人の水着を借りる少女の感覚を、鉛筆によって描かれたあたたかみのあるアニメーションで制作。筆致の質感まで映像から伝わってくる本作だが、会場ではその原画を間近に見ることができる。
マンガ部門
マンガ部門の大賞は、⽻海野チカ『3月のライオン』が受賞した。高校生にしてプロの将棋棋士である桐山零を主人公に、零が母を亡くした3姉妹との交流を通して成長していく過程を、ドラマチックかつスリリングに描いた本作。会場ではその原画を見ることができる。
優秀賞受賞作で注目したいのは、原作を桜井美奈、マンガを⼩⽇向まるこが手がけた『塀の中の美容室』だ。作品の舞台となるのは、受刑者が一般客の髪を切る刑務所の中の美容室。一般客の髪を切り続ける受刑者・小松原葉留と、髪を切られる人々の心の機微を、静謐かつ詩情豊かに表現した本作の繊細なタッチを会場で楽しみたい。
東京都写真美術館が配布する広報別冊のマンガ冊子『ニァイズ』の作者でもあるカレー沢薫は、『ひとりでしにたい』でマンガ部門の優秀賞を受賞した。同作は、叔母の孤独死を契機に「よりよく死ぬにはよりよく⽣きる」ことを見出していく35歳のOLの姿をコミカルに描きながら、超⾼齢化社会を照射。パネル全体を使ったかわいらしい展示を見ながらも、そこに込められたメッセージについて考えたい。
フェスティバル・プラットフォーム賞
主要4部門とは別に、前回から加わった「フェスティバル・プラットフォーム賞」は新しい企画展示案を公募する賞だ。日本科学未来館を象徴する球形のモニター「ジオ・コスモス」と、ドーム型のシアター「ドームシアター」で展示する作品をそれぞれ募集した。
ジオ・コスモス カテゴリーでは、秋山智哉《ちぎる》が受賞。ちぎり絵によって展開していくストップモーション・アニメを「ジオ・コスモス」で上映、地球上の様々な問題を象徴するかのような、壮大なアニメーションが展開される。本作は会期中、定刻になると「ジオ・コスモス」で上映されるので訪れる際にはチェックしたい。
ドームシアター カテゴリーでは、フランス/カナダのSandrine DEUMIER / Myriam BLEAUによる《L’alter-Monde》が受賞。フルドーム形式の没入型オーディオビジュアル・プロジェクトで、没入型の体験を提供しながら、気候変動や種の絶滅という現代の重要な問題を鑑賞者に投げかける。
様々な観点から評価された、多様なメディア表現の数々を体感できる「第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展」。同時代の表現が一堂に集まるこの機会に、日本科学未来館を訪れてみてはいかがだろうか。
なお、受賞作品展をウェブからも楽しめる期間限定のオンラインスペシャルサイト(〜12月24日)も公開されている。受賞者等によるトークセッションをはじめ、過去3回分の受賞作品と、審査委員会推薦作品から映像関連作品の一部を見ることができるので、こちらもぜひチェックしてみてほしい。