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2023.6.29

蔡國強芸術の「ビッグバン」に立ち戻る。国立新美術館の大規模個展で回遊する蔡の芸術宇宙

国際的に知られている現代美術家・蔡國強が1991年に東京で行った個展「原初火球—The Project for Projects」を起点に、その約30年にわたる芸術的な展開をたどる展覧会「蔡國強 宇宙遊 一〈原初火球〉から始まる」展が国立新美術館で始まった。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《未知との遭遇》(2023)
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 国立新美術館とサンローランの共催により、国際的に知られている現代美術家・蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう)による大規模な展覧会「蔡國強 宇宙遊 一〈原初火球〉から始まる」が開幕した。

 本展の開幕に先立ち、蔡國強による白天花火《満天の桜が咲く日》が6月26日に福島県いわき市で行われ、大きな注目を集めた。今回の展覧会は、蔡が「自らを省みる展覧会」だと語るものであり、国内の国公立美術館の所蔵作品や、日本初公開のガラスや鏡に焼き付けた新作を含む作家所有の約50件の作品が、知られざる多数の貴重なアーカイヴ資料や記録映像とともに公開されている。

展示風景より、中央は《胎動II: 外星人のためのプロジェクト No. 9》(1991)
展示風景より、初期の作品群

 よく知られているように、蔡は1986年末から1995年にニューヨークに移住するまで日本に在住し、火薬を用いて様々な作品やプロジェクトを生み出すことで国内外から高く評価された。1991年、蔡は東京のP3 art and environmentで個展「原初火球—The Project for Projects」を開催し、日本で活動した時代の最初の、そしてアーティストとしての生涯のマイルストーンとなる重要な展覧会となった。

 本展は、約30年前の個展「原初火球」を蔡の芸術における「ビッグバン」 の原点ととらえ、そこから今日に至るまで蔡の芸術的な展開をたどるものだ。

展示風景より
展示風景より、《銀河で氷戯》(2020)

 展覧会は4章構成。作家として歩み始めた中国時代の作品が並ぶ第1章「〈原初火球〉以前一何がビックバンを生んだのか? 」から、芸術家としての重要な形成期である日本時代を紹介する第2章「ビッグバン:〈原初火球:The Project for Projects〉1991年2月26日〜4月20日」、そしてアメリカや世界を舞台に活躍を見せる第3章「〈原初火球〉以後」と第4章「〈原初火球〉の精神はいまだ現在か?」へと緩やかな時系列で展開されている。

 国立新美術館の柱も壁もない2000平米の悠々とした空間では、火薬で描いた7つの屏風ドローイングが爆発的に放射状に広がるように配置された歴史的なインスタレーション《原初火球》が再現されており、そのなかには、ガラスと鏡を使った新作の火薬絵画3点も展示。また展示室の奥では、本展のもうひとつの中心作品であり、LEDを使った大規模なキネティック・ライト・インスタレーション《未知との遭遇》が緩やかに回転し、ときには花火のように一瞬明るい閃光を放つ。

展示風景より、インスタレーション《原初火球》(部分)
展示風景より、《未知との遭遇》(2023)
展示風景より、《未知との遭遇》(2023)

 本展の構想について、蔡はコロナ禍中の2020年にニュージャージーのアトリエで日本時代のスケッチブックを読み直したことから始まったと話す。日本在住時、妻と東京・板橋区にある4畳半のアパートに住んでいた蔡は、近隣の住民たちが就寝した深夜にだけ、わずか3畳程度の台所で火薬を用いた作品制作を行っていたという。そのときに使用されていたのは、子供用の花火やマッチから削り出した火薬だ(こうしたスケッチブックやマッチを使った作品は会場でも展示)。

展示風景より、マッチの頭薬を使った初期の作品

 「そのとき、住む空間が狭いし、生活も貧しかった。しかし、その頃の私は宇宙や時間と空間のことを考えつつ、宇宙がとても近いと感じた。当時の私は、20世紀の物質主義や人心の劣化、環境問題、宇宙の未来などについて考えることに熱心で、自分を外星人にして人類と地球の問題を考え続けた。現実世界での私の生活は貧しかったけれど、空に輝く星は私の『宇宙遊』を照らしてくれた」(蔡)。

 そんな宇宙に対する関心は、本展のタイトル「宇宙遊」でも示されているように蔡の創作活動に一貫している。本展の展示作品のなかでも、中国春秋時代の思想家・老子の宇宙起源論や中国の伝統的な思想「風水」、西洋の占星術、そして近代の宇宙物理学などに関連した要素があちこちで見られる。

展示風景より、手前は《月にあるキャンバス:外星人のためのプロジェクト No.38》(2023)

 宇宙のスケールから物事を考える意義について、蔡は次のように述べている。「いまの世界はすごく困難で複雑な事態になっている。コロナ禍が収束していても、人間社会ではすでに大きな変化が起こっている。経済の悪化や戦争などの衝突、AI技術などの発展は、これまでにないスピードで人間の生活に衝撃を与えている。宇宙のスケールで議論することは、目に見えない世界と会話することができ、いまの社会にも特別な意味を与えられるだろう」。

 本展のハイライト作品としては、前述の《原初火球》や《未知との遭遇》のほか、2008年の北京オリンピック開会式で行われた花火プロジェクト「大脚印ービッグフット」のさらなる深化を見せた幅33メートルもの火薬ドローイング《歴史の足跡》や、Netflixで同名のドキュメンタリー映画が配信され、世界中の人々を魅了した爆発イベント《スカイラダー》の記録映像なども挙げられる。また、展覧会の最後では蔡が近年探求し続ける、AIやAR、VRなど最先端の技術を駆使した作品も紹介されている。

展示風景より、《歴史の足跡》のためのドローイング(2008)
展示風景より、左は《スカイラダー》記録映像

 国立新美術館館長・逢坂恵理子は本展の開幕に際し、「見えないものと見えるもの、混沌と秩序、誕生と消滅など、宇宙に象徴される両義的な視点や、 人類を超えた宇宙からの(蔡の)視点は、混迷する現代に生きる私たちに何かしらの気づきを与えてくれることだろう」と語っている。

 破壊と創造の両義性を持つ火薬を素材に、創作初期から宇宙への憧憬や未知への好奇心をもとに実践し続けている蔡。創造力や前衛的な精神に満ちる数々の作品を通じ、その芸術の宇宙を回遊したい。

展示風景より、《満天の桜が咲く日》に関連した資料展示