台湾原住民族のアーティスト、武玉玲インタビュー

国際的に大きな注目を集める台湾のアートシーンに、全4回で迫る本連載。第2回では、台湾原住民族・パイワン族のアーティスト、武玉玲(アリュアーイ・プリダン)のインタビューをお届けする。「ヨコハマトリエンナーレ2020」(7月17日〜10月11日)にも参加し、代表作群を空間に配置したインスタレーションを発表する作家に話を聞いた。[台湾文化センター×美術手帖]

栖来ひかり=文

武玉玲(アリュアーイ・プリダン) Courtesy of the artist
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原住民族として、女性として、人間として──
創作をとおして見出す大いなるものへの「回帰」

 7月17日に開幕した「ヨコハマトリエンナーレ2020」。アーティスティック・ディレクターを務めるラクス・メディア・コレクティヴは、昨年台湾で行われた芸術交流イベントに招かれた際に複数のアーティストを訪問し、台湾出身のアーティスト3名を選出した。そのうちのひとりが台湾原住民族・パイワン族のアーティスト、武玉玲(アリュアーイ・プリダン)である。

 台湾原住民族とは数十種類の言語や異なる生活様式をもち、古来より台湾に暮らしてきた人々である。2020年現在は約57万人、全人口の2.4%を占める16民族がいる(*1)(まだ認定されていない民族も数多い)。

 もとは原住民族の土地であった台湾に、何世紀にもわたりオランダ人やスペイン人、漢人、日本人などが様々な形で流入・移民したが、統治者が次々と変わるなかで適合や同化を強いられ、長きに渡って偏見や差別に晒されてきたのが原住民族の人々であった。

 1980年代の台湾の民主化とともに、原住民族の土地や個人の伝統的な名前を回復する運動が起こり、彼ら自身の力で勝ち取った名称が「原住民族」だ。それまで外来政権に押し付けられてきた呼称(番人、蕃人、高砂族、山地同胞など)ではなく、もともとの土地の主人という意味で、この言葉が使われるようになった。そんな訳で、拙稿においても彼らの自決を尊重し、原住民族という呼称を使用する。

「ヨコハマトリエンナーレ2020」より、武玉玲の展示風景

 武玉玲は1971年に台湾南部の屏東県に生まれ、同地を拠点に活動する。台湾全土において約10万2730人(2020年1月)いるパイワン族には社会階級制度があり(*2)、武が属する北のパイワン族は頭目、貴族、士族、平民という4つの階級に分けられるという。また家族は長男か長女が継承する(*3)。武も貴族の家の出だが、故郷である屏東県の大社部落(Paridrayan)が2009年の「八八水害」(※台風モーラコットのもたらした大規模災害で、とくに台湾南部の被害は甚大だった)で壊滅的な被害を受けてしまう。じつに多くの原住民族が暮らす中央山脈近郊や台湾東部は、台風や地震など自然災害が絶えない地域だ。都会に働きに出るか、部落に残って農作物を育てるのが主な収入源で、経済的に苦しい家庭も少なくない。2016年に同じくパイワン族にルーツを持つ蔡英文総統が就任してからは、過去に政府によって行われた原住民族に対する人権侵害への謝罪が行われたが(*4)、いまもって社会的に弱い立場にある人々は多い。

 「八八水害で大きな被害を受けた私たちの部落は、新しい場所に引っ越しを余儀なくされ、精神的に大きな変化を経験しました。以前は私も部落を出て仕事をしていたのですが、古い土地を失ったことで改めて部落の伝統や以前の山の上での暮らしを支えてくれた大自然との関係について見つめ直し、部落をベースに創作を始めました」。

 音楽や映画、美術など創作表現のフィールドで、原住民族に関係するクリエイティブは年々盛んになっている。そのひとつの例が、2011年に公開された映画『セデックバレ』(魏徳聖監督)だろう。日本統治時代に起きたセデック族による武装蜂起事件 「霧社事件」を題材に“文明と文化の衝突”を描いた本作は、原住民族の文化や歴史について再度、社会に再考を促した。

 美術分野では2012年に、原住民族アーティストを対象に与えられる台湾初の美術賞「Pulima芸術奬」が創設され、武は2018年の受賞者である。また、今回の「ヨコハマトリエンナーレ2020」は彼女にとって初めての国際展参加となった。

ヨコハマトリエンナーレ2020への出品作

生命軸 2018 Courtesy of the artist

 「『Pulima芸術奬』で受賞した3点を含む5作品を、ヨコハマトリエンナーレ2020に出品します。共通するのは“傷ついた大自然をどうやって、あるべき姿に戻すか”という思いです。

 1つ目は赤色の作品《生命軸》。心臓や子宮といった生命のリズムを表わすモチーフを使いました。

大地の鼓動 2018 Courtesy of the artist

 《大地の鼓動》が2つ目。かつての部落で幼い頃からなじんだ景色や、母親をはじめとする女性たちが自然のなかで働く姿、そして伝統的な生活様式についての想いを込めています。記憶のなかでは、実の母親と“自然”という大いなる母とが重なり合います。

黒い堆積 2018 Courtesy of the artist

 3つ目の《黒い堆積》は、私たちパイワン族やルカイ族が平たい石を重ねてつくる伝統的な家のなかで、一家を支えてきた女性の智慧がテーマです。

満開 2019 画像提供=台湾文化センター

 4つ目の《満開》のモチーフは、パイワン族の女性が18歳で成人したときに引き継ぐ耳輪と腕輪。これを身に着けることは“原住民族である自分を忘れない”という意思を表します。

纏繞 2019 Courtesy of the artist

 5つ目は《纏繞》(ぐるぐると巻く、絡めるの意)。纏繞は、長いあいだ私が使ってきた制作手法です。絡みつきながら増殖していく糸は、身体の中を流れる血管のようであり、地面の下を留まることなく伸びて拡がり続ける樹の根っこのようでもあります。この作品を私が日本へと持って行くことの意義があるとすれば、血脈や血管とは国境や国家のちがいにかかわらず、藤のつる草のように絡まりあって伸びてゆく。そうしたイメージを伝えることです」。

 今回残念ながら実現されなかったが、武は「ヨコハマトリエンナーレ2020」ではアイヌ民族の人々との共同制作を計画し、楽しみにしていたという。

 「本来の予定では、来場者と一緒に会場で作品をもう1点つくるはずでした。そこでアイヌ族の方々と対話をしながら共同制作をできないかと考えていました。

 きっかけは1〜2年前にアイヌ族の人々が台湾に来て文化交流をしたとき、タイヤル族の女性の顔の刺青や、踊りの振り付けと言った、我々の文化と共通する表現がたくさんあると気付いたことです。台湾原住民族とアイヌ民族を取り巻く背景も似通っています。アイヌ民族も近年になってようやく、日本で正名(先住民族としての権利や尊厳を獲得すること)を認められたでしょう? 私もかつて18〜19歳の頃、総統府の前で正名のためのデモや抗議活動に参加しました。だから“纏繞”という私の創作方式が、アイヌの人々の慰めや力になればと考えました。しかしコロナ禍のために日本へ行くことができず、とても残念に思います」。

 様々な背景が地層のように積み重なった土地に根差し、現代社会という大きな渦のなかで、経済や政治、ジェンダーといった要素と複雑に絡まりもつれ合ってきた台湾原住民族の来し方。受動的・抑圧的だった長い時間のなかで、台湾民主化とともに権利と尊厳を掴み取り、さらにはその複雑に絡み合った糸を自身の手でほどいていく人々。そうしてほぐされた糸を使い、武は改めて自らが主人公である物語を絡ませ、編み、紡ぎ、縫い、かたちづくっていく。

武玉玲(アリュアーイ・プリダン) Courtesy of the artist

 「私という人間はいくつもの属性を持っています。女性であり、母親であり、パイワン族の貴族であり、長女として家を継ぐ役目も負っている。水害のために新しい場所に移った部落は多くの変化や問題を抱えましたが、私は創作を通して私自身の属性と自然との接点を見出しました。

 例えば大自然による災害は、多くの支援物資を私たちにもたらしました。なかには寄贈された大量のリサイクル衣類もありましたが、その量は私たちには過剰でした。でも寄贈してくれた人々の善意を考えれば、捨てるのは忍びない。そこで、それらの布で作品をつくることで新しい生命を吹き込みました。それは与えられた愛への還元であり、お返しです。そのうち部落中からも衣類が持ち込まれました。とりわけ女性は衣服に対していろんな思い出を持つので、思い出話をしてくれる老人もいました。リサイクル衣類から布や糸といった材料を生み出すことで、個人の記憶もまた作品に埋め込まれていきます。

 コロナ禍も改めて考えさせられる機会でした。1ヶ月ほど前、離れて10年になる以前の山の上の部落まで歩いていきました。約7キロメートルの距離で45分ほどですが、そのあいだに見る山や樹がとても他人行儀に見えました。改めて、現代の私たちの生活はこの大いなる自然からずいぶん離れてしまったと感じました。そして欲望のまま進んでしまったがゆえに今回のような事態を迎えた人間社会が、再び立ち戻るべき世界に思いを巡らせました」。

 「ヨコハマトリエンナーレ2020」のテーマは「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」だ。タイトルのAFTERGLOW(残光)とは、私たちが日常生活で知らず知らずのうちに触れてきた、宇宙誕生の瞬間に発せられた光の破片を指すという。アーティスティック・ディレクターのラクス・メディア・コレクティヴはそれについて、「太古の昔に発生した破壊のエネルギーが、新たな創造の糧となり、長い時間をかけてこの世界や生命を生み出してきたととらえ、現代の世界もまた、さまざまなレベルでの破壊/毒性と、回復/治癒の連続性の中で、人間の営みが行われてきた」(本展ウェブサイトより)と説明しているが、武が災害によって故郷の“破壊”を経験し、創作を通じてそれを回復するなかで改めて自らの原点に回帰したことは、非常に示唆的である。

 最後に、武に今回「ヨコハマトリエンナーレ2020」で、彼女の作品に出合う来場者への言葉をお願いした。

 「女性としての役割から湧き出る寛容さや包容力、エネルギーの可能性は無限です。『自分を小さくみないで』『自信をもって』ということを伝えたいです。そうやって創作が私に与えてくれた力を、世界に返していけたら、そう思っています」。

*1── http://www.cip.gov.tw/portal/docList.html?CID=6726E5B80C8822F9
*2──http://www.cip.gov.tw/portal/docDetail.html?CID=E8F97E390107602E&DID=0C3331F0EBD318C22D7035370F414357
なお、パイワン族は階級社会であるが、民主的秩序をもつ民族もいたり、台湾原住民族は多様な文化社会をもっている。
*3──http://www.cip.gov.tw/portal/docList.html?CID=E8F97E390107602E&type=A281488B606D9313D0636733C6861689
*4──https://www.president.gov.tw/NEWS/20603