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緻密なタッチが生み出すダークファンタジー。モノトーンの世界でエドワード・ゴーリーを巡る

世界中に熱狂的なファンをもつ絵本作家、エドワード・ゴーリー。その記念館であるゴーリーハウスで開催されてきた企画展を再構成した展覧会「エドワード・ゴーリーを巡る旅」が東京の渋谷区立松濤美術館でスタートした。会期は6月11日まで。

文=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、手前はエドワード・ゴーリー『うろんな客』(1955頃) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 独特な世界観とモノトーンの緻密な線描で、世界中に熱狂的なファンをもつ絵本作家、エドワード・ゴーリー(1925〜2000)。その記念館であるゴーリーハウスで開催されてきた企画展を再構成した展覧会「エドワード・ゴーリーを巡る旅」が東京の渋谷区立松濤美術館でスタートした。担当学芸員は平泉千枝(渋谷区立松濤美術館学芸員)。

 ゴーリーは1925年にアメリカ・シカゴで生まれ、飛び級を繰り返すといった早熟な子供時代を過ごした。17歳頃にシカゴ・アート・インスティチュートで半年だけ美術を学んだ後、第二次世界大戦では兵役へ赴くこととなる。終戦後、53年に就職したニューヨークの出版社ではブックデザインを担当し、その後いくつかの出版社を経験。62年には自身の出版社「ファントッド・プレス」を立ち上げ、専業作家としても活躍した。

 本展は、ゴーリーの晩年の住居であり現在は記念館として一般公開されている「ゴーリーハウス」の企画展を、「子供」「不思議な生き物」「舞台芸術」などのテーマから全5章で再構成したもの。会場には約250点の作品が一堂に会している。

「渋谷区立松濤美術館 エドワード・ゴーリーを巡る旅」展示風景より

 ゴーリーの作品でもとくに印象的なのは「子供」の描写である。第1章「ゴーリーと子供」では、ゴーリーがよく描いた「主人公の幼児や子供が不条理な状況に置かれる」本の挿絵が展示されている。

 ゴーリーの初期作品であり、見た目や振る舞いの悪さから誰にも愛されない赤ん坊を描いた『恐るべき赤ん坊』(1953)や子供向けのABC本の体裁をとった『ギャシュリークラムのちびっ子たち』(1960)、何不自由なく暮らしていた少女が両親を失ったことをきっかけに孤児院に入ることとなる『不幸な子供』(1957)が会場では紹介されているが、この作品はどれも読者が期待するようなハッピーエンドを迎えることはない。良い子も悪い子も関係なく不幸になる。このクールな視点で描かれるおとぎ話に、人々は魅了されるのだ。

展示風景より、エドワード・ゴーリー『恐るべき赤ん坊』(1953) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、エドワード・ゴーリー『不幸な子供』(1957) 挿絵・原画 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 また本展を通じて注目してほしいのが、ゴーリーの緻密なまでの線描だ。おもにペンとインクで描かれているこれらの作品は、濃淡の幅や画面上の粗密のバランスも非常に丁寧に設計されている。『不幸な子供』の表紙にも見られるレタリングもゴーリー自らによるものだ。

展示風景より、エドワード・ゴーリー『不幸な子供』(1959頃) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 ほかにもこの章では、ゴーリー自身が子供の頃に描いた作品も展示されている。とくに13歳頃に描いた、骸骨のような手が様々なものを掴む「魔の手」シリーズからはすでにその才覚が見て取れるようだ。

展示風景より、エドワード・ゴーリー『魔の手』(1930年代後半) インク、色鉛筆、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 第2章では、ゴーリーの絵本に登場するたくさんの「不思議な生き物」に着目している。ある日突然家に上がり込み、居座り続けた挙げ句困ったことばかりする『うろんな客』(1955頃)の黒い生き物もいれば、嫌われ者の少女が海の底で巨大な怪獣と出会う『音叉』(1983)では少女の話を親身になって聞く心優しい生き物も描かれた。一見動物なのかもわからないものばかりだが、どこか人間臭くユーモアのあるキャラクターが独特の世界観を創り出すひとつの要因にもなっている。

 会場では絵本の原画に加えて、ゴーリーが創作したキャラクターのスケッチやドローイングもあわせて展示されている。

展示風景より、手前はエドワード・ゴーリー『うろんな客』(1955頃) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、エドワード・ゴーリー『音叉』(1983) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、エドワード・ゴーリー「『ブラックドール』キャラクターデザイン」(1973頃) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 20代後半にニューヨークに住んでいたゴーリーは、「ニューヨーク・シティバレエ」に通い詰め、1956年頃からはほぼすべての公演を観たと言われるほどバレエに熱中。とくに振付師のジョージ・バランシンを敬愛していたという。第3章「ゴーリーと舞台芸術」では、その影響がうかがえる絵本やゴーリーが実際に舞台芸術に携わった事例も紹介されている。

 横長の画面が連なり、アニメーションのような時間の流れを彷彿とさせる『具体例のある教訓』(1957)や、登場する悪魔がダンサーのように軽快な動きを見せる『失敬な招喚』(1971)、バレリーナの華麗なすがたと裏側の地味な練習風景や人間性を描き出した『金箔のコウモリ』(1965頃)からは、足繁くシティバレエに通ったゴーリーの観察力が、登場人物の動きに反映されていることがわかるだろう。

 会場では使用した半券の山と、ゴーリーが担当したグッズや雑誌の表紙も展示されている。

展示風景より、エドワード・ゴーリー『具体例のある教訓』(1957) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、エドワード・ゴーリー『金箔のコウモリ』(1965頃) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
「渋谷区立松濤美術館 エドワード・ゴーリーを巡る旅」展示風景より ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 ゴーリーはそれまでの実績から、1970年代にはブロードウェイでも上演されたミュージカル作品『ドラキュラ』の総合デザイン監督にも任命され、演劇界の最高賞「トニー賞」の衣装デザイン賞を受賞した。この衣装デザインは多くのアーティストやファッションブランドにも影響を与え、日本では『ドラキュラ』をモチーフとしたコレクションも登場した。

 ほかにも、アメリカ国内でゴーリーの知名度を挙げたのはテレビ番組『ミステリー!』だ。オープニングにはゴーリーの絵を使用したアニメーションが起用され、その絵とアニメーションの相性の良さから当時人気を集めていたという。

展示風景より、左からエドワード・ゴーリー「ミステリー!」シリーズ(1980年代前半頃)、 「ドラキュラ・トイシアター」シリーズ ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、手前はUNDERCOVER「無題 2020年春夏コレクション(ドラキュラ・モチーフのセットアップ)」 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 第4章「ゴーリーの本作り」では、趣向を凝らした絵本の仕掛けや原画の制作過程、実際に使用していたペンや筆、インクといった道具など、ゴーリーのこだわりがうかがえるものがピックアップされている。19〜20世紀の本を乱読していたゴーリーは19世紀の詩人で画家のエドワード・リア(1812〜1888)から大きな影響を受けており、自身が挿絵を担当したリア原作の『ジャンブリーズ』はゴーリーの代表作ともなっている。

展示風景より、エドワード・ゴーリー「『ジャンブリーズ』 挿絵・原画」(1967〜68) ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust
展示風景より、左からエドワード・ゴーリー ペン、ペン先、画材など、「蟲の神」 ペン、インク、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 トニー賞の賞金で家(ゴーリーハウス、エレファントハウスとも呼ばれていた)を購入したゴーリーは、活動拠点をケープコッドに移した。第5章「ケープコッドのコミュニティと象」では、その地で版画に新たな境地を見出したゴーリーの、精力的な版画作品を見ることができる。最晩年、ゴーリーは「ゾウ」に関心を寄せ、ゾウをモチーフとした数々の版画作品を生み出した。

展示風景より、中央2点はエドワード・ゴーリー《崩れ落ちるゾウ》、《鼻が折れた左向きのゾウ》 エッチング、紙 ©2022 The Edward Gorey Charitable Trust

 ゴーリーは2000年4月にこの世を去ったが、同年日本では初のゴーリーによる絵本が刊行され、死後なおその人気は衰えを知らない。その人気の理由は、人々を驚かせ、楽しませようとするゴーリー自身の遊び心によるものではないだろうか。

 絵本の挿絵が多いため作品自体は小さい。それにも関わらず、作品から発せられるダークでユーモアのある世界観と緻密なタッチは、鑑賞者を自然とゴーリーのフィールドへと引き込んで行くだろう。

編集部

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