瀬戸内海の島や周辺港を会場に、3年おきに開催される日本最大規模の国際芸術祭「瀬戸内国際芸術祭」が今年も開催されている。
5回目を迎える今回のテーマは「島のおじいさんおばあさんの笑顔を見たい」。初開催以来掲げてきた瀬戸内の島々に活力を取り戻す「海の復権」を目的に、コロナ禍のいま、訪れた人たちの前向きな気持ちを呼び覚ますことを目指す。
会場となるのは、ベネッセハウス ミュージアムや地中美術館などがあることで知られる「直島」をはじめ、農産物が豊かで、アートと食の取り組みを積極的に行っている「豊島」、日本三大渓谷美のひとつ「寒霞渓(かんかけい)」などの観光名所も見どころの「小豆島」、大洞窟が発見されたことから鬼ヶ島ともいわれる「女木島」を含む12の島と2つの港だ。世界各地からアーティストが参加し、地元の人々の協力を得て制作された作品が島の各所に点在する。
同芸術祭の夏会期が8月5日からスタートするのにあわせ、夏の新作も登場した。これらの新作を中心に、芸術祭の様子をレポートで紹介する。
女木島
冬の強風から家屋を守るためつくられた「オオテ」と呼ばれる壁が特徴的な女木島。鬼ヶ島大洞窟があるほか、展望台からは高松市街と瀬戸内海の景観が楽しめる。
ニコラ・ダロ《ナビゲーションルーム》(2022)は、目の前に海を望む海岸の家で展開されている作品。作品設置まで現地を訪れることができなかったというダロは、想像のなかでの旅を通じて本作をつくりあげた。
作品に使われている円形の3つの器具は、かつてマーシャル諸島で用いられていた海路図をモチーフとしたもの。鑑賞者はベンチに座り、音とともに動く作品を外の風景と溶け合わせながら、個人個人がそれぞれの地図に思いを馳せることになる。ほかにも作品にはホメロスの『オデュッセイア』に出てくるサイクロプスや人魚のモチーフや、太陽のスペクトラムを表す半透明のパーツが使われており、小宇宙ともいえる空間が瀬戸内海の島々と交錯する。
大洞窟の存在から「桃太郎」の鬼ヶ島とも言い習わされる女木島。この伝説をモチーフに、小谷元彦は《こんぼうや》(2022)を島の空き家をつかって展開する予定。木を削り出して「こんぼう」を実際につくり展示を行うという。
春会期から続いている三田村光土里によるファブリックプロジェクト《MEGI Fab(メギファブ)》(2022〜)。女木島の町並みの写真をプリントした布に、女木島特有の強風から家々を守るためにつくられた石垣「オオテ」のモチーフを組み合わせている。島を訪れた人々がこのファブリックを持ち帰ることで、島の日常を様々な土地で映し出すことができる。
大川友希は土地の人々の古着を集め、細く切って家の内外に結びつけることでその記憶をつむぐ作品《結ぶ家》(2022〜)を展示している。地域の人々とのワークショップを通じてつくった色とりどりの結びが、重層的な記憶の存在を導き出しながら少しずつ増殖する。
2019年に始まった島の中に小さなお店をつくるプロジェクト「女木島名店街」の中心地である「寿荘」。ここでは、様々な卓球台を楽しめる原倫太郎+原游《ピンポンシー》(2019)や、レアンドロ・エルリッヒのコインランドリーをモチーフとした作品《ランドリー》(2019)などが展示されており、こちらもぜひ立ち寄りたい。
男木島
迷路のように入り組んだ坂道が独特の景観を生み出す男木島。ここで王德瑜(ワン・テユ)は、3つの異なる方法で楽しめる風船の作品《No.105》(2022)を空き家の中に制作した。座ったり、中に入ったりすることで、瀬戸内の海と一体化できるようなこの風船。鮮やかな黄色は瀬戸内の海に配置することで輝く色として選ばれたが、同時に瀬戸内名産のレモンの色にも由来している。
大岩オスカール+坂茂《男木島パビリオン》(2022)は、建築家・坂茂とアーティスト・大岩オスカールの共作だ。見晴らしの良い土地に、坂の設計による柱や梁に紙を多用した家を建て、そこに大岩が風景と一緒になれるような壁紙や、ガラス絵画を作成した。
エカテリーナ・ムロムツェワは空き家で作品《学校の先生》(2022)を展示している。様々な人たちから聞き取った「学校の先生」のエピソードにもとづいてドローイングを制作したムロムツェワ。7月には鑑賞者の参加によって「学校の先生」のそれぞれのイメージを描くワークショップも実施して、こちらの作品も展示するほか、鑑賞者が自由に先生について書き込める黒板も用意。様々な参加者によって「先生」、ひいては「教育」についてのイメージの厚みが増していく。なおムロムツェワは「大地の芸術祭」でも新作を公開中だ。
豊島
海と山それぞれの幸に恵まれる豊島では冨安由真《かげたちのみる夢(Remains of Shadowings)》(2022)が新作として登場した。冨安は小泉八雲の短編小説『和解』から着想を得たもの。物語を与えるように空き家を改装し、建具を入れたり、廃材を散らばらせたりすることで、小説に出てくるような廃屋としての存在感をこの家に与えた。
門を入った瞬間から作品の体験は始まっており、屋内にはどこか人の影を感じさせる光景が広がっている。冨安がこの家の内部を描いた絵画も同じ場所に飾られており、「見る」と「見られる」の関係が交差。展示の最後にはこの空間における視点がより意識される仕掛けが用意されている。ぜひ、現地で体感していただきたい。
直島
「アートの島」として世界的にも知られる直島。その宮之浦エリアにある宮浦ギャラリー六区は、パチンコ屋だった建物を改装したものだ。この場所でアーティストの下道基行は、2019年より《瀬戸内「 」資料館》というプロジェクトを展開してきた。直島の歴史や人々に焦点を当てるこのプロジェクトは、毎回「 」のなかにテーマが入り、それがアーカイヴとしてギャラリーに蓄積される。
今年、下道はこの場所で《瀬戸内「中村由信と直島どんぐりクラブ」資料館》を開催している。中村由信(1925〜90)は直島出身の写真家で、戦前から戦後にかけて貧しかった瀬戸内の人々を撮影し、作品を残した。下道は中村の功績を写真の展示で紹介するとともに、かつて中村が地元の産業である三菱の直島製錬所に勤務しているときに結成していた写真同好会「直島どんぐりクラブ」のアマチュア作家の活動にも光を当てている。
宇野港周辺
瀬戸大橋の完成前は本州と四国を結ぶ宇高連絡船の出発港であり、四国への玄関口として栄えた岡山・玉野市の宇野港。「瀬戸内国際芸術祭」はここでも開催されている。
かつて連絡船が発着した港の跡地では、トルコ出身の作家、アイシャ・エルクメンの《本州から見た四国》(2022)が夏会期に合わせて完成した。恒久的に展示される本作は、四国への入口であったこの港の記憶を手繰り寄せながら、鏡面仕上げのその表面が、四国までの海路に浮かぶ島々を映し出す。
宇野港から山を隔てた場所にある玉野競輪場。ここで展示されているのが金氏徹平《S.F. (Seaside Friction)》(2022)だ。金氏は競輪場の改修で発生した椅子の廃材やサイン看板、選手の顔パネルなどを使って立体作品を作成。競輪場の場外にある広場に設置した。これまで競輪場を訪れる人々のみが目にしていた物品を外部に出すことで、新たな価値を問いかける作品となっている。
小豆島
日本で初めてオリーブの栽培に成功し、「オリーブの島」として知られる小豆島。瀬戸内海で2番目に大きく自然と文化が調和した風光明媚な島だ。
青木野枝は、小豆島の名勝として知られる寒霞渓に、展望台としての機能を持つ作品《空の玉/寒霞渓》(2022)を設置。青木がこのように具体的な機能を持たせた作品をつくるのは初めてだという。球体のなかに入れば、遠く田ノ浦半島を望むことができる。錆びることによって強度が増すコールテン鋼を使用し、金属の色が錆びるほどに風景に溶け込んでいくという恒久設置作品だ。
李秀京(イ・スーキュン)の《そこにいた》は、工事の過程で発見された大岩を通じ、かつての巨岩信仰の歴史をふたたび見直そうとする作品。金色に塗られ金箔が貼られた小豆島の巨大な花崗岩は、ブッダが悟りを開く風景をも想起させる。眼下の町並みや背後の巨岩とのコントラストが強い印象を残す作品だ。
建築雑誌 『新建築』と砂山太一と木内利克を中心とした新建築社+SUNAKI「小豆島ハウスプロジェクト」。本プロジェクトは70年代の住宅を改修し、母屋、離れ、蔵の3つから構成されるリサーチや滞在制作のための施設を制作するものだ。母屋の吹き抜け空間ではディスカッションやイベントを行い、離れはスタジオやギャラリー空間、蔵は資材倉庫などに活用され、住宅の記憶と最新の技術が混ざり合う独特の建築となっている。
向阳(シャン・ヤン)の《辿り着く向こう岸》(2022)は、現在使われていない草壁港のフェリー用の埠頭につくられた、巨大な木造構造物だ。中国で廃棄された家具や建具を集め、修復して組み合わせることで、船体が逆さまになっているような構造を創出。発展する中国において、忘れ去られ破棄されていく伝統的なものや技術を集積させ、その価値の再考をうながしている。
王文志(ワン・ウェンチー)は棚田で知られる中山に、約4000本の竹を使って、直径約15メートルの球体《ゼロ》(2022)を誕生させた。内部は寝転がるなど思い思いの時間を過ごすことができる空間となっており、棚田と一体になるような、安らぎの時間をつくりだしている。
福武ハウス(小豆島・福田地区)
小豆島の福田地区にある旧福田小学校の建物は、福武ハウスとして数々のプロジェクトが継続されてきた。なかでも2013年より続く「アジア・アート・プラットフォーム」は、この周辺集落を通してアジア諸地域をつなげるプロジェクトとして高く評価されている。今年の夏会期からは、アジア地域の5つのパートナー団体とともに福武ハウスが集落内の空き家に作品を展示する、アジア・アート・プラットフォーム2022 協同展「Communal Spirits /共に在る力」が始まった。
カンボジアのクヴァイ・サムナンは空き家内で映像作品《Preah Kunkong(The Way of Spirit)》(2016-17)を展示。ダムができたことで生態系が変化してしまったカンボジアのアレン渓谷に着目し、密林のなかで動物に扮した振付家/ダンサーのNget Rodyパフォーマンスをすることで自然に対する注視を呼びかける。
タイのコラクリット・アルナーノンチャイ&アレックス・グヴォジックによる映像作品《Song for living》(2021)は、呪術的な歌唱と重なるイメージをコラージュのように組み合わせている。上映される空き家の窓ガラスには青いシートが貼られ、町が映像のなかの非日常に取り込まれるような感覚を覚える。
サマー・ファン&ツァイ・ジアインは台湾のアーティストだ。かつて郵便局だった建物内で、台湾の植物の写真を太陽光によって定着させた布を使い、クッション状のマテリアルとカゴを組み合わせた浮遊感のある作品《Blessing from Sunshine》(2022)を制作した。
集落の外れにある福田港フェリーターミナルではふたりの作家の作品が見られる。インドネシアのアナン・サプトトはインスタレーション《EXPLORING FARMER GROUPS JOGJA X FUKUDA》(2022)を空き家の庭と室内で展開。食に関心を持つサプトトは、食物の流通が不均衡であることに注目。生産者から消費者の手にわたる過程で携わる人々のコラージュと人物のパネルを展示して、問題提起をする。
また、香港アートスクールの講師と卒業生は、港のおみやげ屋だった建物でインスタレーション《Hong Kong Colours in Shodoshima:A Ceramics Showcase》(2021-)を展開。香港と小豆島なから集めた土を使い、土地をつなぎ合わせる巨大なアーカイヴをダイナミックに見せている。
今回は夏会期からの新作を中心に紹介したが、これまでの芸術祭でつくりあげられた作品を含め、ほかの島々でも数多くの作品が来場者を迎えている。会期は11月6日までと長期にわたるので、機会をみつけて瀬戸内の島々を巡ってみてはいかがだろうか。