新潟・越後妻有地域を舞台に、今年4月より開催されている「越後妻有 大地の芸術祭 2022」(以下、大地の芸術祭)。本芸術祭に7月30日より新作が追加される。
大地の芸術祭は2000年に初めて開催。これまで3年に1度、おもに7月から9月にかけて約50日前後の会期で開催されてきたが、昨年の新型コロナウイルス感染拡大による1年の延期を経て、今年は初めて4月29日から11月13日まで約150日におよぶ例年の約3倍の会期で開催されている(火・水は定休日)。
芸術祭の本番ともいえる夏季の新作のなかで、まず注目したいのは中谷芙二子の霧を用いたインスタレーション作品《霧神楽》だ。作品舞台となるのは、レアンドロ・エルリッヒが2018年の芸術祭の際に「越後妻有里山現代美術館[キナーレ]」(現・「越後妻有里山現代美術館 MonET」)で発表した作品《Palimpsest: 空の池》。回廊に囲まれた空と建物が反射する池の水面に、人工的な装置によって発生させた霧による中谷の作品が展示される。また、8月12日〜14日の3日間、同作を舞台とした田中泯によるパフォーマンスが5回にわたって上演される。
同じ越後妻有里山現代美術館 MonETを会場に、今年6月に急遽追加開催が決定したロシアの作家エカテリーナ・ムロムツェワの展覧会も大きな注目を集めている。「Women in black/戦争に反対して黒衣を着る女性たち」と題された本展では、ロシア各地で行われたウクライナ侵攻に反対する抗議活動において、黒い服を着て白い花を手にした女性たちに捧げられた「Women in Black」シリーズが展示され、戦争に抗議する参加者たちの勇気が力強く伝えられている。
もうひとつの注目すべき作品は、松之山エリアの森のなかで展示される、昨年逝去したフランスの作家クリスチャン・ボルタンスキーの遺作である《森の精》だ。本来、昨年の芸術祭で発表される予定で準備が進められていた本作だが、ボルタンスキーの逝去後に遺族などの協力を得て制作が完了。林のなかに吊り下げられる10枚の網状の布に、現地で撮影された地元の集落の人々の白黒写真がフランスでプリントされ、森のなかに新たな魂を表そうとしている。
通常の芸術祭では、屋外展示や美術館などで作品を展示することが多いが、大地の芸術祭の大きな特徴のひとつは、少子高齢化が進むなかで増えてきた廃校や空き家となった古民家を舞台に作品を発表することだ。開催を重ねるなかで地域の人々とのあいだに信頼関係が築かれ、そのような作品展示の機会が増えてきたという。
現在フランスを拠点に活動している川俣正は、松代エリアにある旧清水小学校の建物外部のファサードに新たなインスタレーション作品《スノーフェンス》を発表。冬場の雪囲いをイメージにした同作では、工事用の鋼板を建物の外壁に沿わせるかたちで設置されており、実際に冬の雪対策として通年で公開される予定だという。
建物内部では、edition.nordが手がけたパーマネントなライブラリー&ショップが展開。川俣正アーカイブの出版物を時系列的に展示することで、その活動の歴史を総覧することができる。施設全体は「妻有アーカイブセンター」としてオープンし、川俣の現地での活動拠点となるアトリエギャラリーを初公開。また、これまでの大地の芸術祭の全ドキュメントや川俣の1980年〜2005年の活動資料も閲覧できる。
同じ松代エリアの空き家では、約6年前に新潟・十日町市に移住したアーティスト・蓮池ももが一連の新作ドローイングを発表。移住してから最初の3年間の出来事を長さ約10メートルの絵巻1枚に描いた作品には、子供の誕生や夫の米づくりなどが描かれており、十日町の四季の移り変わりを感じとることができる。
藤堂(とうどう)は、松之山エリアにある1軒の空き家を「パレス黒倉」と呼ばれる空間に変身させた。木の柱や越後石に年輪をイメージした積層ガラスを挟む作品や、会場の空き家にあった様々な小物を作家の代表的な時計の作品とともに展示した「昭和の間」などを通し、記憶や忘れられた時間の重なりを感じるような空間がつくられている。
中﨑透は、十日町エリアの新座地区にある三大豪邸のひとつといわれる空き家で「新しい座椅子で過ごす日々にむけてのいくつかの覚書(仮)」というタイトルの作品を発表。長年付き合ってきた座椅子の具合が悪くなり、新しい座椅子を手に入れるという思いと、展示場所である「新座」の関係から構想が生まれた作品だ。空き家の持ち主が収集した様々なものやネオン管による作品が、同地域にまつわる人々のインタビューから引用したテキストとともに展示され、ひとつの物語が織られる。
そのほか、富田紀子は同エリアの市街地にある撚糸工場で織機の動きを可視化するインスタレーション《琴線》を展示。会場の建物は経年劣化により解体される予定となっており、作品展示は8月28日までとなっている。
また、津南エリアにある昨年閉校した旧津南小学校大赤沢分校では、山本浩二が秋山郷で採取した樹木やその写真を素材に「恵みの山」を教室内に再現した《フロギストン》や、松尾高弘がかつて同校にあった土のプールのミニチュアを大赤沢の土で再現した《記憶のプール》などを展示。自然の風景や記憶の光景が現実空間に浮かび上がっている。深澤孝史による特別企画展「秋山生活芸術再生館 ー田口洋美 秋山郷マタギ狩猟映像上映ー」では、狩猟文化の研究者である田口洋美が90年代前半に撮影したマタギの狩猟映像上映を中心に展示を行い、貴重な映像とともに秋山郷の文化を再考するきっかけをつくりだしている。
また、川西エリアの空き家では、水蒸気が長い時を経て地上に降り注ぐ雨となる現象をモチーフにした、小松宏誠のプラスチック製のオブジェ《あめのうた》も展示されている。
空き家を舞台にした作品についてもうひとつ特筆すべきは、磯辺行久が十日町エリアの旧小貫集落で発表した《昔はみんなたのしかった 文化人類学手法によるフィールド・ワークから》だ。屋外展示となる同作だが、その中核は「空き家」とも言える。
本作では、文化人類学的な調査手法によって2007年に閉村に至った小貫集落の歴史や習慣を明らかにし、過去の状況やコミュニティのあり様を集落内に設置された様々な看板で紹介する。また、集落内の小路を黄色いポールで再現し、往時の集落住民の日常生活の往き来の跡をたどる。
空き家のほか、地域の人々と協同して作品を制作することも同芸術祭の特徴のひとつだ。淺井裕介が前述の越後妻有里山現代美術館 MonETの外壁で発表する、横70メートルと縦10メートルの巨大な壁画作品《physis》の制作には、地域の4つの振興会の人たちが参加。制作チームのなかではシニアの人も多いという。
2015年に旧新潟県津南町立上郷中学校をパフォーミングアーツの拠点としてリニューアルした「上郷クローブ座」では、EAT & ART TAROがプロデュースした「上郷クローブ座レストラン」が開設されている。これはアーティストの原倫太郎+原游が江戸時代のベストセラー『北越雪譜』をモチーフに手がけた脚本・演出のもと、地元の女衆(おんなしょ)たちが演出して津南産の旬な食材を使った料理を芝居風に提供するパフォーマンスレストランだ。
上郷グローブ座では、自動機械による演奏を展示することにより、美術展示という空間のなかで音楽を成立させることを試みてきた安野太郎が、「作曲する人間」にフォーカスした作品《部屋とピアノの為のコンポジション「偽ハルモニア論」》も展示されている。
そのほか、中里エリアにある磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]では、アメリカのアーティストグループ・joylaboによる世界中で録音された夏を思い起こさせる音を奏でるピアノを中心に構成される《プールの底に》や、芸術祭では取り扱いが少なかった平面作品を中心に行われる「大地のコレクション展2022」を見ることができる。また、川西エリアのナカゴグリーンパークでは、25組のアーティストによる動物彫刻30体が「ソーシャルディスタンス」を保ちながら競演している。
多様な表現でつくられた作品だけでなく、地域の暮らしぶりや文化を体験し、そこに根ざした人々の営みを実感することができる大地の芸術祭。夏季に新たに公開された数々の新作をきっかけに、その広大な土地を巡ってみてはいかがだろうか。