エアロゾル・ライティング(グラフィティ)から文字を取り除き、描線のみを抽出した「クイックターン・ストラクチャー(QTS)」をモチーフとするアーティスト・大山エンリコイサム。その過去最大級の個展「夜光雲」が、横浜の神奈川県民ホールギャラリーでスタートした。会期は2021年1月23日まで。
大山エンリコイサムは1983年東京都生まれ。2007年慶応義塾大学環境情報学部を卒業後、09年には東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻を修了した。大山を唯一無二の存在としているのが、エアロゾル・ライティングの視覚言語から文字を取り除き、線の動きのみを抽出し、反復・拡張させる技法「クイックターン・ストラクチャー」だ。
大山はこの技法を使い、精力的に壁画やペインティング作品を発表。19年には日本での美術館初個展「Kairosphere」をポーラ美術館で行い、同年中村キース・へリング美術館の個展「VIRAL」ではキース・ヘリングと呼応するような長さ14メートルにおよぶ巨大壁画作品を見せた。
本展タイトルにある「夜光雲」とは、雲のさらに上空の中間圏に発生する氷の雲。氷の結晶が太陽光を反射し夜に発光する、稀有な気象現象だ。
大山が個展タイトルを漢字のみにしたのはこれが初めてのこと。このタイトルをつけた理由について、「もともと雲というキーワードに興味はあった」と語る。「自分が関心を寄せるエアロゾルの概念とは物質の状態であり、そのひとつのかたちとして雲があります。本展の担当キュレーター(中野仁詞)と話すなかで、『日本的なもの』という視点が提示され、その視点と自分の作品をどうリンクさせるかを思案したとき、雲という字を含む漢字で世界観をつくってみようと考えました」。
加えて展示構成もこの「夜光雲」とリンクする。神奈川県民ホールギャラリーの第5展示室は中二階が存在する巨大な空間。大山はこの空間全体を絵画インスタレーションとして見せることを試みた。中央の巨大な作品は宙に吊られ、地面から浮かんでいる。また周囲の作品も高さは様々だ。エアロゾルの作品が明かりで照らされた空間に漂う構成は、夜光雲に例えられるだろう。
また作品点数にも目を向けてみたい。この広大な空間ではこれまで、様々なアーティストが多数の作品で空間を埋めてきたが、今回大山はわずか6点の絵画で構成した。これにはどのような意図があるのか? 大山は語る。「量で埋めるのではなく、強い緊張関係で満たしたかったのです。だからミニマムな作品数で展示を構成しました」。照明も相まって、その影すらも展示のエレメントとなる。
会場ではこの空間の絵画のほかにも、巨大な立体作品や音響作品など多様な作品が並ぶ。例えば、スタイロフォームを積み重ねて熱線カッターで断裁した立体作品のシリーズ「Cross Section / Noctilucent Cloud」は、「クイックターン・ストラクチャー」のペインティングとはまったく異なる作品に見える。一見大山のバラエティの多様さを見せているようだが、そこには絵画と通じるものがあると大山は言う。「その制作過程にある『切る』という動きは、ペインティングなどともつながっているのです」。
「自分はストリート的な文脈で語られることがありますが、カテゴリでとらえられるのでなく、思考の全体性を知ってもらいたい。深い部分で作品を味わってもらいたいです」。
本展では日本では初めて公開される《レタースケープ #1 - FFIGURATI #60》(2014)なども見ることができる。それぞれの作品に通底する大山エンリコイサムの身体性を探ってみてほしい。