都市の壁などに名前を記すエアロゾル・ライティング(グラフィティ)から文字を取り除き、線の動きのみを反復・拡張させた「クイックターン・ストラクチャー(以下、QTS)」。このモチーフを用いながら様々な作品を手がけるのが、アーティスト・大山エンリコイサムだ。
大山は1983年東京生まれ。2012年からはニューヨークを拠点に活動している。現在、ポーラ美術館でも個展「Kairosphere」(7月28日まで)を開催するなど、精力的な活動を見せる大山。その新たな舞台となったのは、山梨にある中村キース・ヘリング美術館だ。
同館は、世界で唯一「キース・ヘリング」の名前を冠した美術館。創設者・中村和男が1987年より収集してきたキース・ヘリングの作品を紹介してきた。
本展覧会のタイトルは「VIRAL(ヴァイラル)」。これは本来、「ウイルス性の」という意味を表す形容詞。大山はこの言葉について、コンピュータ・ウィルスのように「感染」というネガティブな含意があるいっぽう、SNSでは「拡散」「急速」といった意味を持ち、共有され、ポピュラーになるというポジティブなニュアンスも帯びていると語る。自らが用いるQTSも、様々なメディアに展開できる「ヴァイラル」なアイコンだとする大山。本展では、そのQTSがキース・ヘリングと重なり合う。
その場所が、個展会場へと続く「自由の回廊」だ。ここでは1983年にキース・ヘリングが来日し、壁画を制作した際に川島義都によって撮影された記録写真が、壁を埋め尽くしている。今回大山は、この記録写真とコラボレーションするように、QTSの作品《FFIGURATI #263》(2019)をコラージュした。
大山はこの試みについてこう語る。「『自由の回廊』は、キース・へリングの展示室と『VIRAL展』の間にある場所。コラージュを施し、自分のモチーフが関わることでふたつの空間をつなぐ役割にもなるし、移動しながらトンネルの中を歩いているように、あるいは絵巻物をスクロールするように鑑賞できる空間をプロデュースできたら面白いと思いました」。
この「自由の回廊」を抜けると、そこが「VIRAL」の展示室となる。今回、17年にニューヨークで制作したライブペインティング作品に、スタジオでQTSを加筆した新作の《FFIGURATI #184》(2019)をはじめ、大小様々な作品を見ることができる。
大山の作品は決して時事的な出来事に直接言及するようなものではなく、抽象画のようだ。これについて大山は「抽象画のいいところは、鑑賞者に意味を委ねることができるということ。QTSの解釈もいろいろあっていい。その人なりの見方で受け取ってくれれば面白いなと思います」と話す。
エアロゾル・ライティングを源泉に独自の作風を生み出した大山にとって、キース・ヘリングとはどのような存在なのか。大山の言葉を紹介したい。
「このジャンルを表す言葉として、『ストリートアート』や『グラフィティ』など様々な呼び方があります。本来、『グラフィティ』とは落書きを意味するもので、70年代当時のニューヨークではネガティブなものでした。しかし時間が経つごとにアーティストたちもそれを受け入れ、『グラフィティ』が定着していった。でもキースは反社会的なことをやっていたわけではなく、もっと大きなビジョンを持っていました。つまり、不特定多数の人々に自分の作品を届けるために、公共の場所を使っていた。商品をつくったり配ったり、様々な人々に届けるためのチャンネルを模索していたアーティスト。時代とやり方は違えど、僕もそういう感覚は持っているし、共通する点だと思います」。
大山の作品にはすべて連続した番号が付与されており、そこには「一つひとつの作品は独立しているが、『つくる』という運動そのものは見えない動きで継続している」という意味がある。
今回、キース・ヘリング美術館へと達した大山の「連続する動き」は、これを踏まえてどのようなに展開していくのか。大いな注目が集まる。