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弘前れんが倉庫美術館がグランドオープン。コンセプトは「記憶の継承」

当初4月11日に開館予定だった青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館が7月11日、グランドオープンを迎えた。

弘前れんが倉庫美術館

シードル工場を美術館に

 当初、4月11日に開館予定だったが、新型コロナウイルスの影響で開館が延期となってきた「弘前れんが倉庫美術館」が、ついにグランドオープンを迎えた。

 これまで6月1日から6月15日までは弘前市⺠を対象に、6月17日からは⻘森県⺠を対象に、プレオープンしてきた同館。館長を務める三上雅通は「コロナ禍や自然災害が起こるなかでグランドオープンを迎えるのは複雑な気持ち」としながら、「こういうときにオープンするというのはこの美術館の使命。インバウンドや地域活性などの流行に流されず、長く愛される美術館になりたい」と前向きな姿勢を示す。

左から、藤井光、田根剛、三上雅通、南條史生

 同館の大きな特徴は、館名にもなっている煉瓦造りの建物だ。同館は、明治・大正期に建設された元シードル工場「吉野町煉瓦倉庫」を改修したもので、その建築設計を田根剛が手がけた。

 田根が日本で初めて手がける美術館建築である本館のコンセプトは、「記憶の継承」。できるかぎり煉瓦倉庫の素材を活用し、その姿をとどめることを前提に、改修が行われた。まずはその建築的な特徴から見ていこう。弘前れんが倉庫美術館は、美術館棟とカフェ棟の2つから構成されており、その周囲を芝生の広場が囲む開放的なミュージアムだ。

弘前れんが倉庫美術館の前には芝生が広がる

 田根は今回、既存の煉瓦壁を無傷で保存するため、鋼棒を煉瓦に串差すという工法を採用。その結果、煉瓦壁は内外ともに無傷のまま残すことができたという。エントランスは、外側から押されたようなドーム形状をしており、レンガの積み方も独特だ(田根はこれを「弘前積み」と呼ぶ)。ここでは明治期のレンガ壁と、それを継承した新たなレンガ壁の両方を見ることができるので、その違いに注目してほしい。

ドーム形状エントランスと美術館のロゴ
内部から見たドーム形状のエントランス

 展示室では、既存の壁に塗られていた古いコールタールを、毒性などを検証したうえで保存。重厚感ある雰囲気を生み出している。

 いっぽう、老朽化した屋根は、シードルをイメージした「シードル・ゴールド」のチタン製菱葺屋根で覆うことで、シードル工場としての記憶を次世代へと継承することを目指した。田根はこの建築について、「力の入ったプロジェクトだった。100年以上前からあった煉瓦をどのように未来に残していくかを考えてきた。現代美術や建築、弘前という地域についてより深く知ってもらえる施設になれば」と語った。

シードル・ゴールドの屋根
シードル・ゴールドの屋根

開館記念展は「Thank You  Memory─醸造から創造へ─」

 棟内には大小5つの展示室があり、ここで行われているのが開館記念展「Thank You  Memory─醸造から創造へ─」だ。本展には、藤井光、畠山直哉、ジャン=ミシェル・オトニエル、ナウィン・ラワンチャイクン、笹本晃、イン・シウジェン、奈良美智、藩逸舟の8名が参加している。

 まずエントランスで迎えてくれるのは、地元・弘前出身のアーティスト・奈良美智による巨大作品《A to Z Memorial Dog》。この作品は、吉野町煉瓦倉庫が美術館となるきっかけとなった展覧会「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」(2006)で展示された立体作品。長期展示となるので、青森県立美術館の《あおもり犬》同様、美術館のシンボル的存在となることも期待される。

エントランスに展示されている奈良美智《A to Z Memorial Dog》(2007)

 またジャン=ミシェル・オトニエルが、弘前の特産品であるりんごにインスパイアされて制作したガラスの彫刻作品も、長期展示される予定だ(ただし予定されていた新作3点のうち1点は新型コロナウイルスの影響で展示が遅延している)。

展示風景より、ジャン=ミシェル・オトニエル《Untitled (amber, crystal and alessandrita necklace)》(2015)
展示風景より、ジャン=ミシェル・オトニエル《Hanging Lover》(2020)

 奈良とオトニエルの作品の奥にある展示室1では、改修工事の際に見つかった吉野町煉瓦倉庫の資料の数々が並ぶ。これらに加えて、同館ロゴをデザインした服部一成と畠山がコラボレーションしたポスター作品や、改修工事の過程を記録した藤井光の映像インスタレーションを展示。煉瓦倉庫が美術館へと生まれ変わっていく過程が示されている。

展示風景より、中央が吉野町煉瓦倉庫の資料
展示風景より、畠山直哉×服部一成《Thank You Memory》(2020)

 とくに藤井は、開館に大きな影響を及ぼした、2020年の象徴的な出来事である新型コロナウイルスのパンデミックを映像に盛り込むことを試みたという。非人間的な「物質」が変化していく様に注目し、人が映ったシーンをほぼカット。「この時代につくる特殊性が表れているのではないか」と話す。

展示風景より、藤井光《建築 2020年》(2020)

 続く展示室2と3は、ひと続きの空間。手前の展示室2で展示する笹本は、煉瓦倉庫で使われていた梯子や建具を組み合わせたインスタレーション《スピリッツの3乗》を発表。銀色のダクトを空気が通り、ボトル型のガラスに入ったグラスを揺らすことで、かつての倉庫時代に存在していた人々の気配を喚起させる。

展示風景より、笹本晃《スピリッツの3乗》(2020)

 15メートルという巨大な吹き抜け空間の展示室3では、ラワンチャイクンがダイナミックなインスタレーションを展開する。《いのっちへの手紙》と題された本作は、5枚組の大型絵画と映像作品、そして手紙で構成されたもの。30人以上の弘前市民へのインタビューをもとに、弘前の歴史や記憶を作品に仕立てた。なお「いのっち」とは、弘前市立博物館が所蔵する縄文時代の猪形土製品の愛称だ。

展示風景より、ナウィン・ラワンチャイクン《いのっちへの手紙》(2020)

 2階の展示室4では、奈良が近年取り組んでいる写真作品が並ぶほか、市民に提供してもらった古着を都市に見立てるイン・シウジェンの「ポータブル・シティー」の弘前バージョンなどを見ることができる。

展示風景より、奈良美智《SAKHALIN》(2014)
展示風景より、イン・シウジェン《ポータブル・シティー:ブリュッセル》(2015)
展示風景より、イン・シウジェン《ポータブル・シティー:弘前》(2020)

 なお、同館では弘前に縁のあるアーティストや地域の歴史・伝統文化に新たな息吹を吹き込むアーティストを招聘するプロジェクト「弘前エクスチェンジ」も実施。

 第1回では、9歳のときに上海から弘前に移住した藩逸舟が《私の芸術が生まれた場所》と題した個展形式の展示を行っており、今後数ヶ月にわたり新たな作品制作に取り組んでいく。その成果は2021年冬に発表予定となっているので、こちらも注目したい。

「弘前エクスチェンジ」より、藩逸舟《私の芸術が生まれた場所》

パブリック・スペースも充実

 弘前れんが倉庫美術館は、市民のための機能が充実しているのも特徴だ。美術館棟の1階受付カウンターがある空間は、165平米の市民ギャラリーとしても利用可能。また同フロアには、異なるタイプの3つのスタジオがあるほか、2階には美術書籍を揃えたライブラリーも併設されている。

市民ギャラリー。右は受付カウンター
2階のライブラリー

 また美術館棟に隣接するカフェ・ショップ棟も見逃せない。この棟は老朽化が激しく、当初解体予定だったが、大きく改修を施すことでカフェとショップに生まれ変わった。

カフェ・ショップ棟

 設計は美術館棟と同じく田根が担当。カフェ・ショップ棟の狙いについて、「パブリックなスペースとして、市民の方々が気軽に来られる場所、かつ展覧会に行くきっかけとなれば」と語る。明治期のレンガ壁が一部残るこの棟内には、シードル工房も併設され、2種類のシードルが醸造されている。弘前の歴史を感じつつ、ゆったりと過ごしたい。

CAFE & RESTAURANT BRICK。奥にはシードル工房が見える
ショップでは様々なシードルも販売

 青森県立美術館や十和田市現代美術館など、現代美術のスポットが複数点在する青森県に新たに加わったアートスポット・弘前れんが倉庫美術館。地域と世界を結ぶ「クリエイティブ・ハブ」として、今後の活動がどのように展開されていくのか注目し続けたい。

編集部

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