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コロナ時代に「作品のない展示室」が伝えるもの。世田谷美術館の試み

砧公園のなかに位置する世田谷美術館が、「作品のない展示室」というユニークな試みを行い、注目を集めている。あえて空っぽの展示室を来館者に開放するこの企画は、なぜ生まれたのか?

世田谷美術館の「作品のない展示」。公園の緑が眩しい

コロナで生まれた「作品のない展示室」

 通常、私たちが美術館の内部を見るとき、そこには必ず何かしらの作品が展示されている。作品のない展示室を見られるのは、学芸員をはじめとする美術館関係者だけだ。しかしこの度、この空っぽの展示室をあえて一般公開するという画期的な試みを、世田谷美術館がスタートさせた。

世田谷美術館

 その名も「作品のない展示室」と題されたこの企画。通常は企画展会場として使われている1階の展示室は、文字通り作品がない状態で開け放たれている。入館料も無料だ。

 この取り組みの背景には、新型コロナウイルスのパンデミックがある。ユネスコによると、新型コロナの影響で世界9万5000のミュージアムのうち、約90パーセントにあたる8万5000館以上が休館を余儀なくされたという。世田谷美術館もそのうちのひとつだ。

作品のない展示室
作品のない展示室

 世田谷美術館が臨時休館に入ったのは3月31日。再開したのは、約2ヶ月後の6月2日だった。同館副館長兼学芸部長の橋本善八は当時を振り返りこう語る。「コロナの感染が広がり始めて、いつでも休館できるように淡々と準備を進めていました。それと同時に、どう再開させるかも考えていた。もちろん寂しかったし、コロナに“負けた”ような感覚もありましたよ。しかしそんなときだからこそ、美術館・博物館がこの社会のなかで、どのような役割を果たしていけるのかということも考えなくちゃいけない」。

世田谷美術館副館長兼学芸部長・橋本善八

 コロナによる臨時休館は、当然ながら多くの美術館の展覧会スケジュールにも影響をおよぼした。世田谷美術館でも、開催を予定していた「驚異の三人!! 高松次郎・若林奮・李禹煥―版という場所で」などが中止になっている。

 じつは今回の「作品のない展示室」は、このスケジュールを調整するという意味もあったのだという。

 「コロナで展覧会は軒並み中止や延期になってしまった。このスケジュールを組み直すためには時間を要します。コレクション展をするにも時間は必要。この空白期をどう活かすかと考えた結果が本企画です。当初は、『美術館の潜在的な財産である展示室そのもの素直に見せてみたらどうだろう?』という気持ちでした。空っぽの展示室でも、興味を持ってもらえるのかもしれない。コロナで疲れた心をここに来て癒やしてもらえればいい、と」。

作品のない展示室

 しかし、何もない展示室は予想以上に雄弁で、多くの反響も生まれた。コロナ禍で美術館の新たなあり方が問われるなか、作品のない展示室は自ずと「美術館とはなんなのか?」という問いを投げかける。

 「まっさらな展示室を公開すると、美術館の人間もその空間と向き合い、『自分たちはここでこれから何をしていくのか』という根本的な問題に立ち戻ることになるのです。開館以来、当館では194の展覧会を開催してきました。しかし今後、コロナでこれまで同様のやり方が成立しないのであれば、我々はどうするのか。それを考える出発点になっているように感じています」。

作品のない展示室。稼働壁はあえて一部残され、建築的な興味を喚起する工夫も見られる
通常は見られない作品搬出入のための開口部

公園美術館としての美術館

 本展は、美術館の意義を問うとともに、世田谷美術館という建物そのものをとらえなおす機会にもなっている。

 世田谷美術館は1986年、都立砧公園のなかに開館した。建物を手がけたのは、戦後の建築家を代表するひとり、内井昭蔵だ。内井は、世田谷美術館のコンセプトとして「生活空間としての美術館」「オープンシステムとしての美術館」「公園美術館としての美術館」を掲げ、設計を行った。

 このコンセプトの通り、世田谷美術館には多くの窓があり、展示室でも巨大な窓が砧公園の緑を伝えている。周囲の環境と一体化することを目指した、非常に開放的な建築なのだ。

世田谷美術館。外から展示室内を見ることもできる

 しかしながら、通常の展覧会では窓は閉じられており、展示室でその設計思想を意識することは難しい。橋本も「内井さんの建築思想は、壁で閉じられている状態ではわからない」と話す。「壁を取り払って初めて、建物と自然との往来が生まれてくるのです。このロケーションと設計思想がなければ、この企画は成立しなかった」。

展示室には6つの正方形の窓が並ぶ

 会場には、展示物として内井の言葉がいくつか壁に掲げられた。「美術館が美術の展示場だけであるというのは間違いである。美術館は美術と生活との関連をとらえ、示す場でなければならないと思う」。奇しくもこの言葉は、今回の展覧会を予想していたかのようだ。

展示されている内井昭蔵の言葉のひとつ

 橋本はこう続ける。「やむを得ず展示室を閉めている美術館もたくさんあると思いますが、状況がゆるせば、みんな見せてしまえばいいのです。展覧会はこの何もない状態からつくられている、ということも伝えられますから」。

 コロナ禍によって、美術館の社会的意義や役割があらためて問われている現在。世田谷美術館の大胆かつ潔い試みは、多くの人々が「そもそも美術館とはどういう場所なのか」を考える契機となっている。

砧公園の緑のなかにある世田谷美術館

編集部

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