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INTERVIEW - 2020.6.7

大型展覧会は変わるべき? 『美術展の不都合な真実』著者・古賀太に聞く

日本の美術館で行われるメディア主催の大規模な展覧会(企画展)。その裏側を描いた『美術展の不都合な真実』が新潮新書より刊行された。この本を執筆した背景について、著者の日本大学芸術学部教授・古賀太に話を聞いた。

聞き手=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

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 新型コロナウイルスによって数ヶ月もの長い臨時休館を強いられてきた美術館が、6月に入り次々と再開した。多くの美術ファンにとって喜ばしいニュースだが、美術館は事前予約制など、これまでにない対応を迫られている。このコロナ禍を機に美術館のあり方を見直すべきだという声は、美術関係者からも聞かれる。そんななか、メディア共催展(マスコミが主催に入る展覧会)をはじめとする美術館展覧会の隠れた部分を顕にした書籍『美術展の不都合な真実』(新潮新書)が刊行された。

──古賀さんは現在日本大学芸術学部教授ですが、かつては展覧会を主催する側にいらっしゃったということですね。

 九州大学卒業後、1年間の大学院在籍を経て、国際交流基金に就職しました。私は映画が専門なので、日本映画を海外に広める仕事ができるかなと。でも結局は海外で展覧会を行うためのコーディネーターのような仕事がメインでしたね。「ユーロパリア・ジャパン」(ベルギー、1989)や「ジャパン・フェスティバル」(イギリス、1991)などに携わり、その後朝日新聞社に転職しました。朝日新聞社では展覧会事業が中心の文化事業部で、主に海外美術館から作品を借りて展覧会を企画する担当でした。その後に朝日新聞の文化部の美術担当記者も1年半ほど担当し、2009年から現職です。ですから、合計20年ほどは展覧会の現場にいたことになりますね。​

古賀太

──そのご経験がある古賀さんが、いまなぜこのような本を書こうと思ったのでしょうか?

 朝日新聞社で美術展をやっていた頃から、自分や新聞社がやっていることに疑問を抱いてきました。業界構造自体が間違っているんじゃないかと。その思いは記者になってより強くなり、この十年ほど、観客として美術展を見ていると確信に変わりました。だからこの本は、自分がやってきたことへのある種の「罪滅ぼし」として書いたのです

 例えば、メディア共催展にはいくつかパターンがあり──少し変わりつつあるようですが──国立の美術館・博物館は基本的にマスコミがすべての費用を負担するんです。受付や監視員の人件費から作品の輸送費まですべてです。

 国立館の共催展のチケットは「常設展もご覧いただけます」と案内されますよね。この仕組は、チケットひとり分につき、常設展分の料金が美術館に配分されるということです。つまり、共催展チケットが1700円でもともとの常設展が500円であれば、1700円のチケット収入のうち500円分が美術館の、残りがメディアの取り分です。極端に言えば、企画展をやることで国立館は支出ゼロで労なくして利益を得ることができる。

 驚きですよね。外から見れば美術館の仕事だと思われていることも、じつはメディアがやっている。これは本来おかしなことなのです。

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​──そうした業界構造は、一般にはほとんど知られていないと思います。メディア共催展の歴史は長いですよね。

 例えば朝日新聞社は、1964年に約172万を動員した「ミロのビーナス特別公開」(国立西洋美術館、京都市美術館)を、翌65年には約295万人を動員した「ツタンカーメン展」(東京国立博物館、京都市美術館、福岡県文化会館)を開催しています。

 かつては、こうした「話題づくり」が新聞社にとっては欠かせない事業でした。つまり、報道するものを自分たちがつくりだす「メディア・イベント」です。春や夏の高校野球がその典型ですね。(いまもありますが)新聞社は自社主催の展覧会について、紙面で1ページの特集記事を出しますよね。本当は内部の記者たちも疑問を持っていますが、仕事だからやらざるをえない。そうではなく、ジャーナリズムの原点に戻るべきです。

古賀太

──話題づくり、という意味では「美術手帖」でもブロックバスターの内覧会は必ず取材するので、成功していると言えます。いっぽうで、事業を続けていくには話題性だけでなく収益性が高いことも必須条件ですよね。 

 潮目が変わったのは1994年ですね。国立西洋美術館で開催された「バーンズ・コレクション展」が107万人を集めたのです。この展覧会には、読売新聞社が5億円とも言われた借用料を支払いましたが、それでも黒字になった。これを機に、広告収入が減少傾向にあったテレビ局や新聞社が、収益事業として展覧会に参入してきたのです。つまり、展覧会事業が「話題づくり」から収益事業へと変わった。

──減少傾向にあるとはいえ、数十万人を動員する展覧会は毎年いくつも開催されます。いっぽうで、このコロナ禍においては「3密」を避けるための事前予約制などが導入されはじめ、膨大な入場者数を前提としたブロックバスターも変わらざるをえない、という声も業界内からは聞こえてきます。

 そうですね。だからこれはチャンスだと思いますよ。これまでの歪んだ構造を正す機会なのです。「3密」を避けるためにも、もはや1日平均で3000人〜4000人、あるいは週末に1万人も動員するような展覧会はできない。

 でもそうなってようやく、そもそも「美術館とは何か」ということをみんなが考え出すのではないでしょうか。大きな美術館も小さな美術館も博物館も、マスコミもお客さんもです。「押すな、押すな」ではない状況を半年でも経験したら、考えが変わる。あれはおかしかったなと。この本で、それに気づいてほしいという思いもあります

『不都合な真実』

──例えば、森美術館の片岡館長は美術手帖に寄せた論考のなかで、「展覧会あるいは美術館全体の運営について新しいモデルが求められることは間違いない」「メディア系事業部による展覧会モデルにも新たな挑戦を強いることになる」と語っています。また横浜美術館の蔵屋館長も美術手帖のインタビューに対し、「世界的にブロックバスターが見直される時期なのかもしれません」と話しています。当然我々メディアもブロックバスター、あるいは美術館について再考すべきときだと思いますが、古賀さんは美術館のとくにどの部分が見直されるべきだとお考えですか?

 「美術館とは何か」を考えるうえで必要不可欠なのは、「常設展」を見直すことではないでしょうか。例えば、東博はあれだけ充実したコレクションを持ちながら、それを展示する本館や東洋館や法隆寺宝物館はいつも人がまばらな状況ですよね。特別展を行う左奥の平成館ばかりに行列ができる。

 でも美術館というのは本来、常設展つまりコレクションこそが根幹のはず。時間はかかるでしょうが、美術館=企画展(催しもの)ではなく、美術館=コレクションという意識の変革も必要だと思います。

東京国立博物館本館

──いっぽうで、メディア共催展にも利はありますよね。予算が少ない美術館単独では不可能な規模の展覧会が実現できている、というのもまた現実です。

 だから美術館の予算配分を含め、構造を変えるべきタイミングなのです。これまでは収益を高めたいメディアと、全国につくってしまった建物(ハコ)を維持したい美術館や行政が、疑問を持ちながらも互いにもたれかかってきた。でもこのコロナをきっかけに、行政も含めて認識を変えなければいけない。私はそう思います。この本を書いた時点では正直無理かなと思っていましたが、コロナ時代のいまは、それができる千載一遇のチャンスが訪れたと考えています。