「いち生活者としての視点と、俯瞰する観察者の視点を併せ持っている画家」。金沢21世紀美術館館長・島敦彦は、大岩オスカールをそう評する。
大岩は1965年にブラジルで生まれ、89年にサンパウロ大学建築都市学部を卒業したという異色の経歴を持つアーティスト。91年に来日し、約10年の滞在を経て、2002年からはニューヨークを拠点に活動を行ってきた。日本では2008年から09年にかけて東京都現代美術館、福島県立美術館、高松市美術館を巡回した「大岩オスカール 夢みる世界」を開催。本展はそれ以来、約10年ぶりとなる大規模個展だ。
近作を中心とした約60点が並ぶ本展は、6つの章から構成されている。大岩が2002年から暮らすアメリカ・ニューヨークの風景を題材にした第1章「波に包まれるニューヨーク市」では、街の宙を流れる電波のイメージを描いた《ワールド・ワイド・ウェブ・ウェーブ1(ロングアイランドシティ)》(2017)などを展示。
続く第2章「まとまらないアメリカ」では、そのアメリカの2001年9月11日以降の政治状況を反映した大作が並ぶ。トランプ政権以降の混迷するアメリカの様子を激しい戦闘の場面に例えた《大統領の悪夢》(2017)など、大岩の政治的な態度がうかがえる作品にも注目したい。
いっぽう、日本での生活経験がある大岩らしい作品も見ることができる。第3章「旅人生」では、当時居住していた東京・北千住の風景がキャンバスに描かれており、大岩が想像したという日本の昭和の姿がそこにはある。
また、瀬戸内国際芸術祭への参加経験から描かれた瀬戸内海・男木島がテーマの作品や、中国を中心とするアジア圏のダイナミックな経済を一枚のキャンバスに描いた《アジアの台所》(2008)など、アジアに頻繁に訪れる大岩ならではの視点が面白い。
その後の第4章「うまくいかない世の中」では、その名の通り世の中の不条理をテーマとした大作が展示される。大岩はこの展示室について、「自分の中の頭の風景を描いたものが集まっています。個人的なテーマや社会的なテーマなど、タイプの異なる作品を集めました」と語る。なお、ここではチャド・キャノンが作曲した交響曲「The Dreams of a Sleeping World」から3つの楽章が流れているので、視覚と聴覚で大岩の頭の中を覗いてほしい。
そしてここらからは本展のタイトルにもある「光」が主題となる。
第5章「光をめざして」で、大岩は実験的な作品を展示。暗い部屋に展示されたキャンバスの作品《星座 SP》(2018)にはLEDが埋め込まれ、作品自体が光を発している。これは、光が少ないときに感度が高く、物の形はわかるが色はわからないという「桿体(かんたい)細胞」を使って作品を眺めれば、新しい体験ができるのではないかという試みだ。
そして最終章「希望をもって」。様々な地で暮らし、アメリカ社会の混迷も経験してきた大岩が、「幸せになりたいのであれば、自分の中で自分が好きな目指せる光を育てていくのが大事なのではないか」という考えのもと、この思考をキャンバスへと落とし込んだ作品が並ぶ。どの作品にも光の粒のようなものが描かれ、それらはほの暖かい温度を持っているかのようだ。館長の島は大岩の作品について、「鮮やかな色彩と大胆な構成は映画のスクリーンを見るようだ」と語っているが、円形状の本展示室ではその言葉をもっとも強く感じることができるだろう。
なお、本展ではこれらの展示室ほか、美術館の壁に直接描かれた全長27メートルもの巨大な壁面ドローイング《森》も展示。幼少期、手塚治虫のマンガからテクスチャーを学んだという大岩の経験が、マーカーのみで表現されている。11日間かけて制作されたこの大作は大岩が「絵を楽しむ」ことに本気で挑んだ(1枚絵としては)過去最大の作品となっている。