NEWS / REPORT - 2019.3.15

NYを代表するフェア「アーモリー・ショー」でハプニング発生。姉妹フェア「VOLTA」の中止から見る、アートフェアの構造的課題

毎年3月初旬にニューヨークで開かれる大型アートフェア「アーモリー・ショー」は、数あるアートイベントのなかでも業界関係者にとって重要なビジネスの機会となる。また会期中は、市内で複数のアートフェアが同時開催され、世界各国からギャラリーやコレクターが集まり「アート・ウィーク」として賑わう。しかし、25年目を迎えた今年、会期直前になって、「アーモリー・ショー」会場に安全上の問題があることが発覚。結果として、姉妹フェアをキャンセルするという大変な事態に発展した。この事態の一連の流れを、ニューヨークからレポートでお届けする。

文=國上直子

アーモリー・ショーの会場風景

アーモリー・ショーの会場風景

会場の半分を失った「アーモリー・ショー」

 ニューヨークを代表するアートフェア「アーモリー・ショー」は、例年マンハッタンの最西端、ハドソン川に面した埠頭の「ピア92」と「ピア94」で開催される。ところが今年、会期直前に行われた、ニューヨーク市による定期立入検査において、会場のひとつである「ピア92」に構造上の欠陥が見つかった。2月20日、市は「アーモリー・ショー」を運営する親会社「Merchandise Mart Properties, Inc(MMPI)」に対し、安全面の観点から「ピア92」のフェア会場としての使用を禁じる通達を行った。33ヶ国から198の出展者を予定していた「アーモリー・ショー」。3月7日からの開催を間近に控えたタイミングで、会場の半分を失うのは、まさしく最悪の事態だった。

アーモリー・ショーの会場風景。「VOLTA」が利用する予定だったピア90に、アーモリーの出展者が入ることになった

 そこで白羽の矢が立ったのが、「アーモリー・ショー」の姉妹フェア「VOLTA」だ。「VOLTA」はアーモリーと同様、MMPIの傘下にある運営体が取り仕切る、エマージング・アーティストに焦点を絞ったフェア。ニューヨークでの開催は今回で12回目。4年前からは、アーモリーの会場に隣接する「ピア90」で開催されてきた。厳しい選考で知られ、美術館関係者を多く招待することを売りにしているため、出展者にとっては重要なプレゼンテーションの機会となる。今年は、37ヶ国から70の出展者が予定されていたが、MMPIは「VOLTA」の会場を「アーモリー・ショー」に譲り渡すことで、この緊急事態に対応するという決断を下した。

構造上の問題が指摘されたピア92(右)と「VOLTA」が開催される予定だったピア90(左)

 この決定に関する連絡が「VOLTA」出展者に入ったのは、2月22日。事の顛末を説明するメールでは「VOLTAの開催を来年まで延期する」という言い回しがされているが、事実上、開催直前のキャンセルであった。

問題が見つかったピア92の一部は、アーモリー来場者の休憩所として使われた

 「VOLTA」中止のニュースは、各メディアで広く取り上げられた。そして今回、匿名を条件に、「VOLTA」に出展を予定していたひとつのギャラリー(以下、ギャラリーAとする)が、本件の細かい経緯について話を聞かせてくれた。

看板なども急いでつくり直された

困惑するギャラリーと募る不満

 もともと出展者たちは、VOLTA側から「作品を2月24日までにニューヨークに揃えておくように」と指示を受けていたという。ニューヨーク以外からの出展者の多くは、フェアの中止が言い渡された時点で、すでに作品の送り出しを済ませてしまっており、後戻りができない状態になっていた。

 中止を知らせるメールでは、出展料が全額返金されることが繰り返し強調されている。しかし、出展者の負担はそれだけでない。フライトやホテル、作品の輸送など、その他の準備にも大きな費用がかかっている。フェアの中止となれば、出展料を返金してもらったとしても、経済的損失は免れない。

 同じメールの中で、「VOLTA」は代替案を模索中であることを匂わせてはいるが、出展者を安心させるような、具体的なプランや言葉は一切なかったという。ギャラリーAの担当者は「それ以降、眠れなかった」と語る。

「SCOPE」の会場風景

 「VOLTA」中止の知らせを受けて、真っ先に動いたのは、他のアートフェアたちだった。中止がアナウンスされた翌日の23日には、「SCOPE」と「Art on Paper」から「うちのフェアに出展しないか」とアプローチがあったという。「SCOPE」は通常「VOLTA」よりも高い出展料を設定しているが、「VOLTAに支払い予定だった金額だけでいい」と、出展者の状況を配慮した条件を提示したという。ギャラリーAは、「VOLTA」側からなんらかの代案が出てくるだろうという期待から、これらのオファーに即答はしなかった。

紙をメディアとして使った作品にフォーカスする「Art on Paper」も「VOLTA難民」に助け舟を出した

 しかし25日になっても「VOLTA」側は、「事態の打開に向け奔走しているが、はっきりしたことは言えない」というスタンスだったという。また同日、親会社のMMPIからブース料返金に関する連絡が入った。そこには、「ブース代の全額返金を受ける代わりに、今回の一件で被った損害に対する責任追及を一切しない」という同意書が添付されており、それにサインをすることが返金の条件とされていた。

 ギャラリーAとしては、金銭的にも精神的にも、法的手段に出ることは考えられなかったが、「主催者側を訴えることも辞さない」という他の出展者もいたという。いずれにしても、この事務的な冷たい対応は、すでに窮地に陥っている出展者をさらに追い込んだことは想像に難くない。このような主催者側の対応を受け、ギャラリーAは他のフェアへの出展を決めたという。

「Plan B」の会場のひとつとなったデイヴィット・ツヴィルナーのギャラリー

救済措置としての新たなアートフェア「Plan B」

 この一連の動きに平行して、「Plan B」というポップアップ・アートフェアが浮上した。コレクターとして知られるピーター・ホートとギャラリーのデイヴィット・ツヴィルナーが、VOLTA出展者への救済措置として急遽企画したもので、出展料2000ドルという格安料金で「VOLTA難民」の参加を募った。会期までの時間と会場が限られていたことから、決断までの猶予はほとんど与えられなかったが、最終的に32の出展者が参加。希望がかなわず、参加できなかったギャラリーもいると見られている。

「Plan B」の会場風景

 「Plan B」の会場となったのは、デイヴィット・ツヴィルナーのギャラリーと、ポーラ・クーパーが所有する建物の2ヶ所。ギャラリーの密集するチェルシーの真ん中で、ロケーションには恵まれている。各出展者に与えられたスペースは、幅3メートルほど。もともとVOLTAで予定していた展示規模を大幅に縮小する必要があったが、参加者は辛うじて作品を展示する機会を得られることとなった。一連の騒動がメディアで大きく取り上げられたこともあり、会期中は約7000人の来場者があったという。

「Independent」の会場風景

 その他のフェアに参加することにした出展者数は以下の通り(括弧内が出展者数)。「Scope」(8)、「Art on Paper」(10)、「Independent」(2)、「Spring/Break」(4)。トータルの数字を見ると、フェア自体への参加をあきらめた出展者もいたことがわかる。また、展示会場が確保できたといっても、各フェアの客層は異なり、展示スペースのサイズも違う。納得のいく展示ができたのかどうかは、また別の問題である。

「Spring/Break」の会場風景

不均衡なアートフェアのパワーバランス

 今回の一件を通じて、様々な疑問が生じてくる。まずアーモリーの主催者側は、事前に建物の安全対策を取っておくことはできなかったのだろうか。そして、MMPIとVOLTA事務局の事後対応にも、ひっかかるものがある。VOLTA側は「自分たちも大変な思いをしている、できるかぎりのオプションを当たってみている」と繰り返し主張しているが、そこからは責任を持って事態を改善するという姿勢は見えない。親会社のMMPIは年間数百のトレードショー(展示会)を取り仕切る業界大手であり、マンハッタン内にも多くの不動産を所有している。それにもかかわらず、まったく救済策が見つからないというのは、信じ難いものがある。格上のフェアである「アーモリー・ショー」へのダメージを避けるため、「VOLTA」を犠牲にするというのは、ビジネスとしては止むを得ない決断だったのだろうが、その後の出展者への対応に、果たして最善は尽くされたのであろうか。

 「Plan B」の会期後レポートには、ロケーションの良さや、売り上げがあったことを喜ぶ声など、出展者からのポジティブなフィードバックが並ぶ。しかし、参加者全員が結果的にハッピーだったのかは、知る術がない。レポートの中には、「Plan B」の実現にあたり、「関係者の対話を円滑に進めるサポートをした」ということで、「VOLTA」スタッフの名前も並んでいるが、「Plan B」は「VOLTA」が企画したものではない。そこには様々な事情があることは想像できるが、今回の一件を「結果オーライ」で片付けてしまうのは、もったいないように思う。というのも、この騒動は「アートフェア」を取り巻くいろいろな問題を明るみにしたように見えるからだ。

 例えば、主催者側と出展者側の間に、おびただしい力関係の不均衡があることが明らかになったが、果たしてこのようなビジネスモデルは健全で持続可能なのだろうか。また華やかな面ばかり取り上げられるアートフェアだが、やはり貸しスペースビジネスに過ぎないことも、浮き彫りになったように見える。今回の問題は、今後のフェア開催時の教訓になると同時に、これからのアートフェアのあり方を冷静に考えてみるきっかけになるのかもしれない。

アーモリー・ショーの会場 ピア94