「印刷と幽霊」展で探究する、写真の自由さと不確かさ。吉田志穂×小池俊起 対談【2/3ページ】

あえて印刷を「汚して」作品化する

吉田 今回の制作のプロセスをたどり直してみると、まず幽霊をどう解釈して被写体とするかを考えました。最終的に被写体に選んだものは、カメラのゴースト現象、Goole Mapのエラーによって現れたイメージ、いまはもう存在しない建物の通路などです。それらを素材にしてプロジェクターで投影したり再度撮影したりと自分なりの「幽霊」の表出のさせ方を模索しました。イメージをつくり上げたところでそれを小池さんにお渡しして、印刷に適したデータに変換してもらったうえで、印刷所に送ってもらいました。印刷所では普段エラーを出さないよう綺麗に印刷しているのに、今回はあえて無理を言って汚れやエラーが出るように調整していただいたんです。

小池 私もデザイナーという仕事柄、印刷所にはよく足を運びますし、印刷所の方々との付きあいも深いですが、「印刷を汚してください」というお願いはしたことがありません。印刷所の方々も意図的に汚したことはないし、そもそもどれくらい汚せるのかもわからず、最初はみな手探りのままなんとか汚しを入れていったんです。しかも、汚し方の正解や基準はこちらも持っていないので、出てきたものをその都度判断するしかありませんでした。今回この無理難題を快く引き受けてくださったのは、アートブックや写真集を多く手がけるLIVE ART BOOKSです。印刷という営為そのものが美術作品になり得るということをご理解いただき、イレギュラーなオペレーションにもご対応いただけたのは、美術分野へ深い造詣と、現場の技術力があってのことだと思います。

展示風景より 撮影=加藤健
展示風景より 撮影=加藤健

吉田 印刷物ができたら、次にはそれらを展示に落とし込む必要があります。印刷物というのは、紙の規格によりサイズが画一的です。それに、裏打ちしていない印刷物は、当然ながらペラペラで。それらをただ並べただけだと、展示としてラフになり過ぎてしまう。私はそういう展示方法が好きではないので、どうしたらいいかとかなり悩みました。

小池 たしかに印刷物を掲出してカチッとした雰囲気を出すのは難しい。吉田さんとの対話のなかで、壁面にレールを配置してマグネットで留めるというアイデアが出てきたものの、それだけでは印刷物のラフさを解消するのは難しいと思っていました。しかし、吉田さんがレールの素材選びや、作品を壁から何センチ浮かせるかといった細かなディレクションをすることで、展示のクオリティをどんどん上げていったのはさすがだなと思いました。

吉田 今回の展示を構成するうえで、BUGの空間はなかなか難題でした。BUGは天井が高く、カフェスペースとつながっていて、開放感があるのはいいのですが、没入感を出したいときには工夫が必要となります。今回は独立した空間をつくりたかったので、壁をひとつ立てることによって、カフェとの差別化をはかりました。

 それから今回は、印刷に用いたアルミニウム製の「版」を、壁面に掛けて展示しています。物質として存在感があっておもしろいので、展示のなかに要素として取り入れたいと思いましたが、当初小池さんは版を展示することに懸念を示していましたね。

小池 はい、版の存在感が強く出過ぎてしまうのではという心配があったためです。版は唯一のもので、印刷物はそこから生まれた数百、数千枚の複製物です。つまりそこには覆せない主従関係がある。

 今回の展示で私は、二次的なものとして軽視されたりカジュアルに扱われる印刷物が、展示の主体となり作品化されるところに価値を感じていました。そこに唯一性の強い版を展示してしまうと、コンセプトがブレるのではないかと。でも話していくうち、吉田さんはそれをわかったうえで、版も印刷物も等価とみなして展示しているのだとわかりました。むしろそれぞれの物質性に目を向けることで、それぞれが際立つ展示方法を考える。その自由さや柔軟さが、まさに吉田さんらしさだと納得できました。

展示風景より 撮影=加藤健
展示風景より 撮影=加藤健

編集部

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