リクルートが東京・銀座の「クリエイションギャラリーG8」と「ガーディアン・ガーデン」の活動を終了させ、八重洲に新たなスペース「BUG」をオープンさせる。これとともに、数多くのアーティストを輩出してきた「1_WALL」も「BUG Art Award」へと発展を遂げる。これを機に、2014年に第11回写真「1_WALL」でグランプリとなった吉田志穂と、2018年に第19回グラフィック「1_WALL」でファイナリストとなった藤倉麻子が対談。デビューのきっかけとなったアワードへの思いと、その後の活動について語ってもらった。(PR)
開けた場での、評価の「言葉」がほしかった
吉田志穂 「1_WALL」に応募したのは藤倉麻子さんより私のほうが数年早いですね。当時の私は大学4年生で、作品に対して学内の評価しか受けたことがなかった。自分のつくるものが外の世界で通用するのかしないのかわからず、もしまったくダメなのだったら、卒業後はふつうに就職することも考えようと思っていました。それで「1_WALL」に出してみて、そこで通れば作家としてやっていく方向でがんばってみようと考えたんです。
藤倉麻子 評価軸がほしかったというのは私も同じですね。私は大学では外国語学部に通っていて、大学院から映像研究科に進んだので、そもそも学内外を問わず講評を受けた経験が乏しかった。自分のつくったものが何なのか自分でもはっきりとわからない状態で、とにかく人の意見を聞きたくて「1_WALL」に応募しました。
吉田 閉じた世界だけでフィードバックを受けていると、不安になるものですよね。いまはそうでもないかもですけど、私の学生時代は写真表現の世界にまだ「写真作品とはストレートに撮影するものが主流」という考えが根強く残っていて、私みたいに何を撮っているかよくわからなかったり、画面に手を加えるタイプの作家は「こんなの写真じゃない」とバッサリ斬られたりもしていました。展示方法にしても、写真作品は写真そのものを鑑賞するためにシンプルな展示方法が望ましいという風潮も強く、インスタレーション展示にしちゃうとあまりよく思われなかったり。なので単純に「私のやっていること、どうでしょうか」と広く問うてみたかったんですよね。「1_WALL」はセオリー通りじゃないことも認めてくれそうな雰囲気があったので、試す場としてもちょうどよかった。
藤倉 「1_WALL」は、どんなものでも大抵はいったん受け止めてくれるんじゃないか? という度量を感じさせましたよね。私が応募したのはグラフィック部門でしたが、自分の作品がグラフィックという観点でどうなのかということも気になり、出してみました。
吉田 応募するとき、自信はありました? 私は経験の少ない学生にしては展示が得意なほうだったので、ポートフォリオ審査をクリアして展示をさせてもらえれば、勝ち目も出てくるかもしれないと思っていましたけど。
藤倉 とくに自信があったわけではありませんが、作品についてのコメントをもらえればいいな、というところでした。心がけたことといえば、応募作品はなるべくわかりやすいかたちにしようということ。「1_WALL」は審査の過程で審査員とたくさん話し合う機会があるので、直接説明ができるし、言葉をもらえるのがよかったですよね。
新しく始まるBUG Art Awardも同様の仕組みで、審査員と一対一でやり取りする二次審査や、会場でファイナリストがプレゼンテーションを行い、目の前で議論がなされる最終審査があるんですよね。
吉田 ステートメントや制作意図を自分で説明したり、質疑応答があったりするのはいい機会です。とくに私の場合は作風的に、話をしないと伝わらない面も多いので助かりました。制作を続けているとなおさら強く思うようになるんですが、作家はいつ誰に訊かれても、自作の説明はスムーズにできるようにしておかないといけないんじゃないでしょうか。しゃべるのが苦手な人ももちろんいるでしょうけど、別につっかえずうまく話す必要はないし、丸ごと暗記しておいたってかまわないので、とにかく自分の言葉でちゃんと伝えられるようにしておきたい。ジャンルの垣根がどんどんなくなってきている時代には、いっそうちゃんと説明できる能力が必要になってくるんじゃないでしょうか。
藤倉 同感です。作品制作はひとりで長く続けていくものなので、自分が何に取り組もうとしているのか、いま何をしているのかを確認するうえでも、つねに言葉で整理しておくのは大切だと思います。結局、言葉にした通りに作品はつくれなかったりもするんですけど、それはそれで新たな問いも生まれたりするのでかまわない。
「生活」を反映して、作品はつくられていく
吉田 「1_WALL」の良さをほかの点で挙げるとすると、応募後のフォローが手厚いところ。グランプリを受賞したあとに銀座の「ガーディアン・ガーデン」で個展を開催できるんですが、初経験の私に手順や納期などを一つひとつ教えてくださって、本当に助かりました。
新しいBUG Art Awardでは、グランプリ個展開催時のフォローはもちろん、審査過程でも展示プランについての相談会やインストーラーとの面談があるようで、一層手厚くなっている印象を受けました。「1_WALL」ではなかった、ファイナリスト展の作品制作費15万円と個展開催費300万円というのも魅力的ですよね。
藤倉 私はグランプリをとってないので「ガーディアン・ガーデン」での個展は開催できていないんですけど、今日の対談を含めていろんなかたちで関係を続けてもらっているのはありがたいことです。アワードは「BUG Art Award」になって、スペースも「BUG」という名で東京駅前にできるということなので、いつかぜひそのスペースで展示できたらと励みになります。
吉田 新しいスペースはすごく天井が高いですよね。都心のギャラリーでこれだけ天井高のあるところは少ないので、特長になりそう。ただ、もし展示をするとなると制作費が相当嵩みますね……。
藤倉 外光が入るのもいい感じです。映像作品を展開する場合は遮光の工夫が必要となるでしょうけど。表の大通りの気配が感じられて、幅広い層の人が出入りしそうだし、こんな空間でもし展示できるとしたらどうしようかな……と想像が膨らみます。
吉田 「BUG」で展示できる日が来るようがんばりたいですね。展示の場所や機会を得ることって、作家にとってすごく大事なことだし、いい場を探すのもたいへんですから、「BUG」ができたことは素直にすごくうれしいです。作家活動を続けていくには、ほかにもいろいろ考えないといけないこと多いですけどね。藤倉さんは映像をつくるための機材を整えるのとか苦労するんじゃないですか。
藤倉 3DCGソフトはいつも同じものを使っているだけなんですけど、すごい頻度でバージョンアップしていくので、追いついていくのに精一杯なところはありますね。最新のテクノロジーに目移りせず、自分のペースでやるよう心がけています。納得できてから手を出したいです。私はリサーチの段階ではいつも同じ、亡くなった祖父から譲り受けたカメラで撮っています。もう、うまくピントも合わなくなってしまっているんですけど、そういう制約も織り込んで撮っています。
私は吉田さんの石を撮った作品《Quarry / The story of a stone》などが好きです。吉田さんは石についてどう捉えていらっしゃるんですか。
吉田 自然物というのもすごく意識しているわけではなく、自然が大好きというタイプでもないんですよね。生まれ育ったのが千葉県の南のほうで、自然のほうが身近にあったし親しみやすいというくらいのことですね。
藤倉 たしかに、自分が身を置いてきた土地のことは、作品に反映されますね。私は埼玉県の郊外で暮らしてきたので、そこで日ごろ目にしてきたものがやっぱり作品をかたちづくっています。高速道路のような人工物に付随しているちょっとした自然とか、すごく興味を惹かれます。最近は庭いじりが大好きなので、その要素も構造として作品に出てきている。私にとって作品は、ほぼ生活とセットになっています。
吉田 東京の一等地にある「BUG」に、自然や郊外を扱った私たちの作品が展開できる日を、楽しみに待ちましょう。
藤倉 新しい場づくりに、私たちも何らか関わっていけたらうれしいですね。