東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館と読売新聞社が実施する公募コンクール「FACE(損保ジャパン日本興亜美術賞)」。第8回を迎えた「FACE 2020」では、優秀賞4点、読売新聞社賞1点、審査員特別賞4点が選出され、入選作品を展示する「FACE展 2020」(2020年2月15日~3月1日)を前に、全入賞者を発表する表彰式も開催された。
第8回を迎え、公募コンクールとしてその知名度も定着しつつある「FACE」について、「海外コレクターからの照会も増えている」と、主催者である損保ジャパン日本興亜美術館の中島隆太館長は語る。
審査員を務めたのは、堀元彰(東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーター)、山村仁志(東京都美術館・学芸担当課長)、野口玲一(三菱一号館美術館・上席学芸員)、椿玲子(森美術館・キュレーター)、中島隆太(損保ジャパン日本興亜美術館・館長)の5名。
審査は、5名の審査員が独立した立場からそれぞれに作品を審査する。通常であればグランプリ1点と優秀賞3点が選ばれるのだが、5名全員を納得させる作品がなかったこともあり、グランプリ該当無し、優秀賞4点を選出するという結果となった。
たしかに満場一致となる圧倒的な作品はなかったのかもしれないが、裏を返せば、5名の美術館のプロが「この作品!」と譲りたくない力を備えた4点が選出されたとも言える。
「FACE展 2020」の会場にて、優秀賞受賞者4人それぞれに話を聞いてみた。
大槻和浩《明日を見つめて》
第9回小磯良平大賞展(2010)で大賞を受賞するなど、数々の公募展で受賞歴を誇る大槻和浩はこう語る。 「いつも顔を描いているのですが、こんなものを描こうというもともとの思いというのはなくて、描きながら作品と対話を重ね、ピタッとくる共感性のようなものが生まれたときに、作品の方向性が決まります。それが生まれなければ何度も消して描き直します」。
作品が完成する決め手となるのは、「表情」だという。
「何かしらの“思い”を持ったひとりの人物の姿が現れたと感じたときに、作品は完成します。それは普通の表情で構わないんです。激しくて強い表情である必要はないんだけど、強い気持ちを持って生きていこうとしている、そんな人物を描きたいと思っています」。
齋藤詩織《女狩人のごちそう》
2020年東京藝術大学大学院修了予定の齋藤詩織は、「自分のスタイルは研究中」としながらも、これまでとは異なり、白地を残さないように描こうと技術的にもチャレンジを行なった。
「今回の作品では、実家の畑だった空間をモチーフにしました。よく見慣れた身近な風景が最近になっておもしろく見えるようになってきたので、あまり描いたことのない広い空間をどうやって表現できるか、試したいと思って制作しました。私にとって絵を描くことは、思考の整理のようなものです。自分が日々思っていることを、絵に描くことで明快にしていくような作業が絵です。それを続けることで自分の思考が繰り返されて、洗練されていくような感覚があるので、その意識で描き続けることが私にとっての目標です」。
松浦清晴《身体記》
「自分が引きつけられるのが人のかたち」と語る松浦清晴は、「FACE 2017」入選作家。「絵を描くのが好きで大学に入って、自分で制作を続けたり人の作品を見たりということを続けてきて、自分は風景やものではなく、人のかたちからメッセージが伝わってくると感じました。だったら、自分でもそういうものを描いた方が思いを伝えられるのではないかと、このようなものを描くようになりました」。
漫画やアニメーションなどを見たときに、創作の「引き金が引かれた」ような感覚で絵を描き始めることが多いという。
「ぼやっと自分の深層心理の中から出てきた色やかたちが、作業を続けるうちに画面の中に現れてくるという感じでしょうか。制作前にイメージを持つよりも、作業しながら生まれてきた造形が今回のように作品になりました」。
小俣花名《朝ご飯》
2021年に武蔵野美術大学大学院日本画コース修士課程修了予定の小俣花名。通常の日本画だと岩絵具を塗る前の下絵にあたる墨絵だが、小俣はその墨絵で初めて作品を仕上げた。
「授業で『佐竹本三十六歌仙絵巻』の模写をしたのですが、最初は漫画的だと思っていた表現が、実際に模写をするとすごく絵画的で、少ない原料でこまかな質感を表現していると感じました。自分も墨で作品を仕上げることを決めたとき、カサカサな質感を点描で表現したり、墨だけでいろいろな質感を出すためにいくつもの技法を試しました」。
モチーフとなったのは自宅のダイニングルーム。「奥の窓の光が綺麗なので、窓を描きたいと思った」ことから制作がスタートした。
「これまで中央にひとつ主人公となるモチーフがあって、残りが背景となるような描き方ばかりしていたのですが、今回は自分の視点をもう少し手前に置いてデッサンしてみたら、窓だけではなくいろんな主人公がいることに気づきました。食べ物も人も文字も動物も雑多な人工物も。そういうものを全部まとめて詰め込んだら自由に描けるんじゃないかと考えて、今回の作品が生まれました」。
新進作家の展示を見る喜び
新進作家の登竜門となることを目指してスタートした公募コンテスト「FACE」。優秀賞受賞作家4名には、3年ごとに開催予定のグループ展「絵画のゆくえ」への出品権利が与えられる。開催中の「FACE展 2020」を見れば、そこで新しい表現と出会えるだけではなく、「絵画のゆくえ」展への展開を期待する楽しみも得ることができる。
そして、気になる入選作家がいたら、その名前をきちんと覚えておきたい。何かの機会でその作家の新しい作品と出会い、その成長を感じることができるかもしれない。応援したいと思う作家と出合い、その作家の成長を見守るというアートの楽しみ。新進作家の展示を見る喜びはまさにそこにあり、「FACE展 2020」でそれを体験できるはずだ。