今号では、「GENDER IS OVER!?」と題して、アートにおけるジェンダーやセクシュアリティについて取り上げています。ジェンダーと銘打って、このテーマを正面から扱う特集は、小誌では初めての機会となる。
トランプ政権が誕生したアメリカでは、いま改めて「アイデンティティ・ポリティクス」という言葉が多く聞かれるようになった。それは、人種や性的指向、ジェンダーなど、主にマイナーとされる人々のアイデンティティに基づく権利や利益を獲得していこうという運動である。これにより1990年代以降、多様性を持った個人の生き方を尊重していくリベラルな社会の実現が一定の成果をあげている。いっぽうで、その恩恵を享受するのはどの集団かという問題が浮上して、社会の分断が進んでしまうということが「アイデンティティ・ポリティクス」の問題として指摘されている。
これは日本でもあてはまる問題だろうか。社会の中に蓄積され、分配できるパイが減っているなかでは、再配分をするにあたっても、その対象となる構成員は誰までなのかという線引きによる排除の問題が避けられない。現在のリベラリズムの低調はこうしたことに起因しているだろう。いっぽうで、アメリカやヨーロッパと同様の状況として語ることができないのは、マイノリティに関わる権利について、意識的にも制度的にも日本ではまったく後れを取っていて、「ポリティカル・コレクトネス」の反動もなにも、そこまでも至ってないという状況がある。
今回特集をしてみて、これまであまり取り上げてこなかったことに思い至り、まだまだ語るべきことが多くあり、今後も積極的に扱っていきたいと考えた。が、このようなことは、『美術手帖』の70年の歴史の中で10人あまりの編集長がいたが、女性の編集長はこれまで一人しかいなかったという事実とも関係しているのかもしれない。
「クィア理論」についての論考の中で、松井みどり氏が述べているように、マジョリティ、マイノリティを超えて自己の存在の中にある未知の部分や流動性に自覚的になること─ここにアートの自由があるのならば、これまでアーティストたちによって築かれてきた営為を礎に、新しく生まれている表現を言葉で指し示していくことが、この雑誌の使命でもあるのだろう。
2017.10
編集長 岩渕貞哉
(『美術手帖』2017年11月号「Editor’s note」より)