渋谷区立松濤美術館などの設計で知られる建築家・白井晟一が晩年に設計した個人住宅のひとつ「桂花の舎(けいかのいえ)」。これが杉本博司による小田原文化財団 江之浦測候所に移築される。
桂花の舎は、大和市・中央林間に建てられたもの。白井はこの家の完成を待たずに1983年に逝去したため、白井晟一研究所に引き継がれ、竣工した。施主は画家で、デザインや予算などに一切制限を設けないという条件で設計されており、随所に使われている栗材などにその痕跡が見られるという。この建築はその後、地区の宅地開発によって解体の危機に面したが、ある篤志家が買収。保存の検討が進められるなかで、江之浦測候所のある「甘橘山」への移築が決定したという経緯がある。
桂花の舎の住居と庭は、移設にあたり杉本博司の設計で一部改装を実施。「もし白井が生きていたとしたら」という問いかけのもと移築計画が進められ、杉本作品に根底にある「本歌取り」(*)の概念の新たな実践の場となる。
移築はすでに今年初頭から始まっており、25年に竣工予定。完成後は小田原文化財団 江之浦測候所の一施設として限定公開するとともに、江之浦の農地を管理する農業法人「植物と人間」運営による宿泊施設としての活用も計画されている。
*──和歌の作成技法のひとつで、有名な古歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れ、そのうえに新たな時代精神やオリジナリティを加味して歌をつくる手法のことを指す。杉本はこれを日本文化の本質的な営みとしてとらえており、自身の作品制作にも援用してきた。