2024.5.9

クールべ《世界の起源》はなぜ攻撃されたのか? ポンピドゥー・センター・メッスで破壊・盗難事件

5月6日、ポンピドゥー・センター・メッスで開催中の「Lacan. Quand l'art rencontre la psychanalyse(ラカン。芸術が精神分析と出会うとき)」展で、近代絵画の傑作でラカンが生前所有したことでも有名なキュスターブ・クールべの《世界の起源》をはじめとする5作品が破損され、1作品が盗難にあった。その後、破損された作品の作者のひとりが事件に関する声明を出し、物議を醸している。

文=飯田真実

デボラ・ド・ロベルティが公開した動画(https://vimeo.com/943331424)より、被害を受けたギュスターヴ・クールベ《世界の起源》
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事件の起源

 5月4日(土)にヴェルサイユ宮殿のガラスの回廊を荒らされる事件が起きたフランス。翌週の月曜には、ポンピドゥー・センター・メッスの企画展会場が標的にされた。今月27日まで同展のためにオルセー美術館から貸し出されているギュスターヴ・クールベ《世界の起源》(1866)のほか、ルイーズ・ブルジョワ《The Birth》(2007)、ローズマリー・トロッケル《Replace Me》(2012)、ヴァリー・エクスポート《Aktionshose: Genitalpanik》(1969-2001)、デボラ・ド・ロベルティ《Miroir de l'Origine》(2014)といった作品が破損された。また、アネット・メサジェ《Je pense donc je suce》(1991)が盗まれた。

 その後の報道で、この事件が昨今国立美術館などで起きていたような環境活動家の仕業ではなく、被害にあった作品の作者のひとりにより引き起こされたことがわかった。何が起きたのか?

 速報や記録されていた映像によると、6日(月)午後1時50分頃、ポンピドゥー・センター・メッスの展示室2を訪れた犯行グループの一部が、ドーセントや警備員の注意をそらしたうえで、3人の女性が展示作品数点に赤色の特殊なマーカーで「Me Too」と殴り書きした。混乱のなか、彼女らは展示室から連行され、少し経ってから展示室は閉鎖されたようだ。その際、1986年と1993年生まれの2人が逮捕・拘束され、3人目はアネット・メサジェの作品を持って逃走したという。メッス市警察署は、「集団による文化財の損傷・劣化および文化財の窃盗」についての捜査を開始しした。

デボラ・ド・ロベルティが公開した動画より(https://vimeo.com/943331424)

声明内容

 《世界の起源》が破壊されたという報道が徐々に広まるなか、同日付で、被害作品《Miroir de l'Origine》(「起源の鏡」の意)の作者でもあるデボラ・ド・ロベルティが、 コンセプチュアルアーティスト・パフォーマーの肩書きで、ウェブメディアのMediapart上で、同事件が「#metoo以降、制度にもう一度立ち向かい、表現の自由を試すため」の抗議パフォーマンスであるという内容の声明を出した(*1)。以降、彼女は自身のインスタグラムでも更新を続けている。

デボラ・ド・ロベルティが公開した動画より(https://vimeo.com/943331424)

 声明は「私は、オルセー美術館からルーヴル美術館、ポンピドゥーセンターまで、美術館をレイプしました。私は歴史のなかでの自分の地位を主張するために、同意も許可もなしに、強制的にそこに入りました。私の言葉の暴力はあなたの言葉の反映にすぎません。自分の性器を暴露することで、この業界にはびこる家父長制的暴力にフィルターなしでさらされることになりました」といった文章で始まり、本文内のハッシュタグには、「#あなたを含む皆さん、アートコレクター、美術評論家、ギャラリーオーナー、歴史家、美術に関する機関・アートセンター・美術館ディレクター…」とある。

 ド・ロベルティは、オルセー美術館で2014年に展示中だった《世界の起源》また、16年にはマネ《オランピア》の横で、その翌年にはルーヴル美術館が誇るレオナルド・ダ・ヴィンチによる女性像《モナ・リザ》の横で、それぞれ一般開館中に侵入し、無許可のパフォーマンスで自身の裸体や性器を公然で見せてきた。これまでは、特定の人への直接の非難ではなく芸術界における性的権力の濫用を指摘するものだったという説明がなされてきたが、今回は声明でも名指しで、とくにアネット・メサジェ作品の盗難についての説明として、同作品を所有する「ラカン展」コ・キュレーターのベルナール・マルカデとのド・ロベルティの作品出展オファーをめぐる「不適切な関係」を糾弾したかったとも述べている。

 これに対し、ポンピドゥー・センター・メッスが発表したプレスリリースでは、同館ディレクター、キアラ・パリージが「フェミニスト運動に敬意を表しつつ、芸術史的闘争の中心にいるアーティスト、とくにフェミニスト・アーティストの作品が破壊されたことにショックを受けています。私たちは、美術館で保存・展示されている芸術作品に対する破壊行為を非難します」と述べた(*2)。

 また、文化大臣のラシダ・ダチも自らのXで、以下のように述べている。

「芸術だけではメッセージを伝えるのに十分な力がないと考えている『活動家』たちに、もう一度言わなければなりません。作品はその日のメッセージを塗色するプラカードではないのです。これら暴力の被害者となった美術館とそのスタッフを全面的に支援します。私たちは今後も新たな偶像破壊者から作品を守り続けます」。

*1──https://blogs.mediapart.fr/deborahderobertis/blog/060524/ne-separe-pas-la-femme-de-lartiste
*2──https://api.centrepompidou-metz.fr/files/985a5352/cp_oeuvres_prises_pour_cible_.pdf