ドクメンタ16の芸術監督選考委員会が全員辞任。その理由と背景を追う

2027年に開催予定のドクメンタ16芸術監督選考委員会の6人が11月10日から16日にかけて相次ぎ辞任し、アート業界に驚きを与えた。その経緯を追う。

ドクメンタ15のメイン会場であるフリデリチアヌム美術館 Photo by Gianni Plescia

 イスラエルとパレスチナの紛争や、ドイツ国内での反ユダヤ主義の高まりとそれをめぐる論争が続くなか、2027年に開催が予定されているドクメンタ16の芸術監督選考委員会の6人が相次ぎ辞任するという、異例の事態が起こった。

 同委員会は、次回のドクメンタの芸術監督に最適な候補者を選出するために結成されたキュレーターや専門家のグループ。11月10日と12日、そのひとりであるイスラエル人画家ブラハ・エッティンガーと、ムンバイ在住の作家兼キュレーターのランジット・ホスコテが相次ぎ辞任を発表。またそれを受け、残る4人であるシモン・ンジャミ、ゴン・ヤン、カトリン・ロンベルグ、マリア・イネス・ロドリゲスが16日に一斉辞任することを発表した。

 そのうちもっとも議論を引き起こしているのが、ホスコテの辞任だと言える。11月9日にドイツの日刊紙『南ドイツ新聞』は、在ムンバイ・イスラエル総領事館共催の極右イベント「シオニズムとヒンドゥトヴァ」に反対する2019年の請願書にホスコテが署名したことを根拠に、そのイスラエルに対する「ボイコット、投資撤収、制裁」(BDS)への賛意や「反ユダヤ主義」を非難する記事を公開。それを受けてドイツ連邦政府文化・メディア担当大臣であるクラウディア・ロートは、ドクメンタに対して資金援助を撤回すると圧力をかけた。

 ホスコテは、ドクメンタの主催側に送ったレターで「ドイツの言論界は文脈を無視し、理性的な精神に基づくことなく、たった一通の請願書への署名を根拠に、私を批判し、糾弾し、汚名を着せた」と反論し、「この有害な雰囲気のなかで、争点となっている問題について慎重に議論する余地がないことは明らかだ」と訴えている。

 昨年開催されたドクメンタ15において、インドネシアのコレクティブ「タリン・パディ」による作品《People's Justice》が「明確な反ユダヤ主義」と指摘され、開幕後に主催側によって撤去された事件はまだ記憶に新しい。ホスコテの辞任を受けて主催側のドクメンタ・ウント・ミュージアム・フリデリシアヌム・ゲーエムベーハーは声明文で、「ホスコテは集中的な話し合いのなかでBDSの意図を拒否し、この運動を支持しないことを明らかにした」とし、マネージング・ディレクターのアンドレアス・ホフマンは次のように強調している。

 「ドクメンタ16芸術監督選考委員会を取り巻く現在の動きは、ドクメンタ15の一貫した再評価への道のりがいかに長いかを改めて示しています。私たちは、あらゆる形態の反ユダヤ主義から一貫して距離を置く必要があります。2022年夏の出来事を繰り返してはなりません」。

 最初に辞任を発表したエッティンガーは、ホスコテに対する非難について言及せず、「あらゆる角度から悲劇的な」中東情勢に鑑み、「私はもう(芸術監督選考の)プロセスに貢献し続けることはできない」と述べている。

 いっぽう、ほかのメンバーの4人は辞任について、「ホスコテが、メディアや世間からの非難を一身に浴び、選考委員会からの辞任を余儀なくされたここ数日の動きは、ドクメンタの今後の開催に必要なこの前提条件が、現在ドイツで与えられているのかどうか、私たちを大いに疑わせる」とし、次のように述べている

私たちは、ドイツが過去の歴史を鑑み、明確な社会的・政治的責任を負っていることを理解しています。あらゆる反ユダヤ主義的傾向に対して非常に敏感であることは、ドイツがこの責任をどの程度内面化しているかを雄弁に物語っています。とくに、根深い反ユダヤ主義の憂慮すべき兆候が再び世界中に現れている現在、この責任を果たし続けていることは、最大の評価に値します。

しかし同時に、このような特別な責任の自覚は、望ましくないアプローチやその広く開かれた議論を最初から抑圧するためのオピニオン・ポリティクスに悪用される危険性もはらんでいます。議論や討論の代わりに、過度に単純化されたり、偏見を持たれたりするのです。

ドクメンタ15以降、とくに私たちの世界が現在直面している危機を背景に蔓延している、複雑な現実を過度に単純化する感情的かつ知的な風潮と、その結果として生じる制限こそが、私たちに強力でシグナルとなる展覧会プロジェクトを思いつかせ、ドクメンタ16のキュラトリアル・コンセプトを決定する選考プロセスを責任を持って継続させることを不可能にしているのです。

現在の状況では、ドクメンタのアーティストやキュレーターにふさわしい、オープンな意見交換や複雑でニュアンスのある芸術的アプローチを展開する場がドイツにあるとは思えません。

 4人の辞任を受けて主催側は今後、ドクメンタ16の選考プロセスを全面的に再構築することを監査役会に提案する予定だとしている。時期については、組織の見直しを完了させ、監査役会が変更後の体制について決議したうえで、プロセスを再開する予定だという。

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