「あいちトリエンナーレ2019」の教訓を活かすものとして策定が進められている「あいち宣言(プロトコル)」。その最終案が、同トリエンナーレ参加作家の代表者らによってまとめられた。
参加作家らはこれまで、あいち宣言の原案・草案を、専門家や一般の意見も交えながら協議。10月の段階で草案までが発表されていた。
今回の最終案では、草案から引き続き、冒頭で「芸術の自由」を明記。日本国憲法第21条の「表現の自由」を根拠に、「文化芸術を創造し、享受し、文化的な環境の中で生きる自由」と定義している。
草案では、「芸術家」「鑑賞者および協力者(原案では鑑賞者および芸術祭を支えるステークホルダー)」「芸術監督およびキュレーター」「カルチュラル・ワーカー」の権利と責務、 「国や地方自治体および文化行政組織、独立行政法人、指定管理者、アーツカウンシルの責務」が示されていた。
しかし今回の最終案では、「鑑賞者および協力者」「カルチュラル・ワーカー」の項目がなくなり、「芸術家の権利と責務」「芸術監督およびキュレーターの権利と責務」「主催者の権利と責務」「芸術祭の会場としての美術館の役割」「地方自治体の責務」が列記されている。
芸術監督の「表現の自由」
まず、「芸術家の権利と責務」では、「芸術家は、自身が参加する展覧会等の内容や文脈について、事前に知ることができる」など5つの権利と、「芸術家は、鑑賞者の『見る権利/見ない権利』や芸術表現が時に含み得る暴力性に十分配慮し、主催者等とも事前に協議した上で、その芸術表現が個人の尊厳を傷つける等の問題が生じた場合は、適切に対応しなければならない」など2つの責務を定めた。
また「芸術監督、キュレーターの権利」では、あいちトリエンナーレにおける「表現の不自由展・その後」でも争点となった「表現の自由」や「検閲」について言及。次のように権利を示した。
「芸術監督及びキュレーターには、それぞれ主体的に企画を実践する『表現の自由』があり、主催者に対して自らの企画意図について発言することができる」
「芸術監督等は、専門的知見に基づいた文脈形成に基づいて作品選択、キュレーション等を行うものであり、その結果は検閲とはみなされない」
いっぽう、「芸術監督、キュレーターの責務」としては、「キュレーターは、作品選択を行う際、そのキュレーション(文脈化)の意図や背景を芸術家に説明し、十分な協議を尽くさなければならない」「キュレーターは、芸術祭を公共の場と認識し、事業のテーマに応じて、国、地域、ジェンダーバランス、社会的弱者等の包摂に配慮しなければならない」など5つを盛り込んだ。
「アームズレングス原則」を明記
草案からの大きな変更点が「主催者の権利と責務」だ。ここでは、その責務として、「主催者は、芸術祭の安全・安心な実施を確保するため、危機管理の専門家の助言を受ける等できる限りの準備をする責務がある」など、あいちトリエンナーレで起こった電凸・脅迫などを踏まえた危機管理への言及がなされている。
芸術祭では会場として美術館を利用するケースがあるが、こうしたケースに対応するのが「芸術祭の会場としての美術館の役割」だ。芸術祭と美術館の関係性については、次のような文言が明記された。「芸術祭の会場となる美術館は、芸術祭とは異なる日常的使命と役割を持つため、直接的な責務を負いませんが、事業の実現及び維持のために、可能な限り主催者と協力することが求められます(美術館が主催者となる場合はこの限りではありません)」。
「地方自治体の責務」は草案(「国や地方自治体および文化行政組織、独立行政法人、指定管理者、アーツカウンシルの責務」)からややトーンが落とされたものの、次のような補助金不交付への牽制が見られる。「補助金・助成金等の審査及び交付に当たっては、アームズレングス原則に鑑み、公権力から独立し、ガバナンスを透明化した専門家による第三者機関等に権限を委ねる仕組みの導入が求められます」。
今回の最終案について、「あいち宣言・プロトコル」起草ワーキンググループの小田原のどか、藤井光、村山悟郎は次のように声明を出している。
社会と芸術の未来に資する出来事として後世に残すために「あいち宣言・プロトコル」はつくられました。芸術が再び憎悪や排斥の感情に抑圧されることなく、表現の自由と市民が多様な芸術を鑑賞する権利を守るために、この「あいち宣言・プ ロトコル」が、次回のあいちトリエンナーレをはじめとして、多くの芸術祭や美術展に賛同公認され、広く社会に実装されてゆくことを望みます。
なお最終案全文は、あいちトリエンナーレ2019のウェブサイトから閲覧できる。