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「具体的な規範が必要」。弁護士・水野祐に聞く文化庁補助金不交付の影響

「あいちトリエンナーレ2019」に対し、文化庁が正式な審査を経ずに補助金不交付を決定した。この事態にはどのような問題があり、今後の文化活動にどのような影響を与え得るのか。Arts and Law理事として芸術家の支援にも長く携わってきたシティライツ法律事務所の弁護士・水野祐に聞いた。

愛知芸術文化センターに掲げられた「あいちトリエンナーレ2019」の旗と国旗

 文化庁が「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金を不交付と決定した問題には、美術界のみならず学術界からも撤回を求める声が上がっている。またこの不交付決定は、採択に携わった審査員への事前相談がない文化庁の独断での決定であり、文化庁はその議事録も存在しないとしている。

 このような事態のなか、文部科学省や文化庁の動きは芸術界にどのような影響を与えるのか。また今後、どのような議論が必要とされるのか。Arts and Law理事として芸術家の支援にも長く携わってきたシティライツ法律事務所の弁護士・水野祐はこう語る。

 「短期的な影響として、社会的・政治的な表現をするアーティストやその傾向があるプログラムは公的助成金への応募を萎縮してしまうでしょう。本件以前から、そもそも採択されなくなってきている傾向があるという指摘もあります。それゆえに、そのような作家性や作品性を含むプログラムは、公的な助成金や補助金に頼らない方法にシフトせざるを得ない。本来、商業ベースではできないような社会的・政治的問題などを扱う作品にこそ、公的資金が投入されるべきなのにです」。

 2017年、日本では文化芸術全般にわたる基本的な法律「文化芸術振興基本法」を前身とした、「文化芸術基本法」が施行された。文化芸術基本法はいわば日本の文化政策の基本ルールを定めた法律である。

 その前文には「我が国の文化芸術の振興を図るためには、文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重することを旨としつつ、文化芸術を国民の身近なものとし、それを尊重し大切にするよう包括的に施策を推進していくことが不可欠である」という文言がある。この法律には国や自治体の責務なども規定されているが、罰則規定はない。

 水野はこう指摘する。「文化芸術基本法はよく練られた法律であり、素晴らしい内容が書かれた法律だと私は思いますが、この法律の存在自体が世間はおろか、美術界にも浸透していません。文化庁や限られた一部の文化政策の関係者を除いて、誰もこれを文化芸術のルールや規範として拠り所にできていないのです。罰則規定のない努力義務しか定められていないこともそうなっている一因だと思われますが、文化庁の影響力の弱さも間接的に物語ってしまっていると感じます」。

 あいちトリエンナーレの一連の騒動において、この文化芸術基本法とは対照的に、憲法21条に定められた「表現の自由」は大きくクローズアップされている。しかしこれについては「あいトリに対する批判的な言論、例えばクレームの電話を入れることも基本的には『表現の自由』で保障される行為です。あいトリに関わる言説は、各々の立場の人たちが憲法という最上位概念を盾に、遠くから糞を投げあっているような状態なので、議論は深まらず、水掛け論で終わり、分断を加速させてしまう面がある」と懸念する。

 「日本人は『表現の自由』といった基本的人権を勝ち取ってきた歴史がないため、憲法が国民のなかで内在化できていないのです。これは今回の問題に限られませんが、現代的な問題を議論するときに、『表現の自由』等といった憲法上の権利だけを相手にぶつけているだけでは、議論の網の目が荒すぎると思うんです」。

 そこで求められるのは「憲法的価値と実際の現場との間を埋めるような行動規範や指針ではないか」と水野は指摘する。

 今回、トリエンナーレ参加作家たちが中心となってまとめた「あいち宣言(プロトコル)」原案では、「表現の自由」等の憲法的価値を一歩進めた「芸術の自由」を打ち出すとともに、芸術家や鑑賞者、美術館、キュレーター、カルチュラルワーカーなどの権利と責務、そして国・地方公共団体の責務などが明記された。水野も、このような現場から出てきた動きは、先述したような憲法的価値の隙間を埋めていく行動規範・指針として期待できるし、何よりもこの議論に多くの人たちが自分ごととして参加していく流れが重要だと指摘する。

 10月9日、あいちトリエンナーレはこれを「あいち宣言 アーティスト草案」というかたちで公表。広く一般に対して意見を募集し、今後あいちトリエンナーレ名義で公表するという「あいち宣言」のとりまとめの際の参考として活用する予定とのことである。

 現時点では、この草案がどこまで尊重されるかは現時点では不明だが、より具体的な行動規範・指針の存在が、日本の文化行政において必要とされる時期が来ているのかもしれない。

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