大型展のミュージアムショップなどでも見かけるゴッホやモネなど、いわゆる名画の複製画。これらがどこで、誰の手によってつくられているかを意識したことはあるだろうか?
中国・深圳市にある大芬(ダーフェン)は、ゴッホをはじめとする有名画家の複製画制作が産業として確立している世界最大の「油画村」だ。
大芬では毎年数百万点もの油絵複製画がつくられ、その売上げ総額は2015年で6500万ドル以上。世界の複製画市場の6割のシェアを占めているとも言われる。
この地で複製画産業が始まったのは1989年のこと。香港の画商が20人の画工(ここでは複製画のみを手がける絵描きは「画工」と呼ばれ、「画家」 と呼ばれるには公募展に3回入選しなければならない)を連れてきたことをきっかけに、現在では、1万人を超える画工が日々複製画をつくり続けている。
今年10月に公開される映画『世界で一番ゴッホを描いた男』は、この油画村で20年もの間、家族や弟子とともに10万点ものゴッホ作品を描き続けてきた男・趙小勇(チャオ・シャオヨン)の姿を追ったドキュメンタリーだ。
一言で「複製画」と言っても、その制作過程はすべて手作業。クライアント(おもに先進国)から送られてきた実物作品の写真や画像データを見ながら、ひと筆ひと筆をキャンバスに走らせていく。その器用さはまさに職人技と言えるだろう。
多いときには月に600~700枚のゴッホの複製画を手がけながらも、趙が実物を見たことは一度もなかった。ゴッホへの尊敬と憧れを熱く語る趙は、本物のゴッホ作品を見るため、ついにアムステルダムのゴッホ美術館へ向かうことを決める。
高額な旅費のため妻に反対されながらも、本物を見ることでもっといい複製画が描けると説得し、アムステルダムに渡った趙。彼がゴッホの実物に出会ったとき、どのような表情を見せ、何を思うのか。
「職人」と「芸術家」の間で揺れ動きながら、生活のために日々複製画を描き続ける趙をはじめとする画工たち。そして複製画を求める人々の存在。
本作は、「作品を生み出すとはどういうことなのか」「芸術家とはどういう存在なのか」を問いかけながら、美術産業の構造や現代中国の社会情勢をもあぶり出す出色のドキュメンタリーとなっている。