2025年9月13日〜11月30日の79日間にわたり、愛知芸術文化センターや愛知県陶磁美術館、瀬戸市内で開催される国際芸術祭「あいち2025」。そのテーマと参加アーティスト第1弾が発表された。
芸術祭のテーマは「灰と薔薇のあいまに」となった。これはモダニズムの詩人アドニスが、1967年の第三次中東戦争の後に書いた詩からとられたものだ。アラブ世界を覆う「灰」の存在に疑問を投げかけ、自身を取り巻く環境破壊を嘆いたアドニス。いっぽうで嘆きのみならず「薔薇」として、未来への希望も示している。
本芸術祭の芸術監督、フール・アル・カシミは人間と環境の関係を見つめ、これまでとは別のその土地に根差した固有の組み合わせを掘り起こしたいと語り、本テーマもこうした考え方を反映したものとなっている。会場となる愛知や瀬戸は陶器産業が盛んであり、「灰」は環境破壊や工業化の結果であると同時に、それによって生み出されてきた価値やアーティストの創作活動の成果もあら渡しているといえる。
参加アーティストの第1弾としては、ダラ・ナセル、小川待子、沖潤子、アドリアン・ビシャル・ロハスの参加が発表された。
ナセルは1990年レバノン生まれで、パレスチナ侵攻を続けるイスラエルに隣接するレバノンの首都・ベイルートを拠点に活動している。ナセルは資本主義と植民地主義的な搾取の結果として悪化していく環境、歴史、政治的な状況に、人間と人間以外のものがどのように関わり合っているかを探求。自らの作品を通して、人間の言葉が届かない中で環境がゆっくりと侵され、侵略せし者が搾取を行い、インフラが崩壊する様子を、人間以外のものの視点から表現する。
小川は1946年北海道生まれ。東京芸術大学工芸科を卒業後、1970年からパリ国立高等工芸学校を経た後、人類学者の夫の調査助手として西アフリカ各地で3年半を過ごし、現地の土器づくりの技法を学んだ。パリ滞在中に鉱物博物館で、鉱物の美しさの中に「かたちはすでに在る」という考え方を見出し、ゆがみ、ひびや欠け、釉薬の縮れなどの性質を活かし、つくることと壊れることの両義性を内包する「うつわ」として、始原的な力を宿す作品を制作している。
沖は1963年埼玉県生まれ。生命の痕跡を刻み込む作業として布に針目を重ねた作品を制作しており、下絵を描く事なしに直接布に刺していく独自の文様は、シンプルな技法でありながら「刺繍」という認識を裏切り、観る者の根源的な感覚を目覚めさせる。なお、カシミは沖を、歴史的に女性に課せられてきた役割としての刺繍を使用し、価値転換を図るフェミニズムの作家として評した。
ロハスは1980年アルゼンチン・ロサリオ生まれ。共同制作やコラボレーションによる長期的なプロジェクトを構想し続けている。彫刻、ドローイング、ビデオ、執筆、行為や事象の痕跡などを組み合わせながら、すでに絶滅に遭ったか、絶滅に瀕して危険にさらされている人間の状態を研究し、過去、現在、未来が折り重なるポスト人新世時代における、種間の境界線を探る。
第三次中東戦争を経て書かれた詩からの引用がテーマになった本芸術祭。現在も続くイスラエルによるパレスチナ侵攻との関連を問われたカシミは「戦争は大きな自然破壊のひとつであり、直接的には無関係」としたうえで「当時からいまなお続く諸問題を環境問題の観点から考える契機にしたい」と語った。
なお、本芸術祭の企画体制も発表された。学芸統括を飯田志保子(キュレーター)が務め、また現代美術のキュレーターを入澤聖明(愛知県陶磁美術館学芸員/キュレーター)が、パフォーミングアーツのキュレーターを中村茜(パフォーミングアーツ・プロデューサー)が、ラーニングのキュレーターを辻琢磨(建築家)が務める。また、キュレトリアルアドバイザーは石倉敏明(人類学者/秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻准教授)と趙純恵(福岡アジア美術館学芸員)が担う。