巨大アートフェアはいかにつくられるのか? Art Collaboration Kyotoを支えるプロフェッショナルたち

京都を舞台に開催する現代アートとコラボレーションをコンセプトにしたアートフェアArt Collaboration Kyoto(以下、ACK)は、2023年10月27日のプレス&関係者内覧会から始まり全4日間の会期を終え、大盛況のうちに幕を閉じた。来場者数は約2万人、出展ギャラリーの総売上高は約4億円という結果となり、第3回目となる今年も来場者、出展ギャラリーからも高い評価を得た。今回は、ACKに関わるスタッフに、ACKのあゆみやそれぞれの担当業務、そしてどのような組織でイベントをつくり上げているかについて語ってもらった。

聞き手・文=上條桂子

ACK会場風景。会場構成は建築家の周防貴之Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

──ACKは「コラボレーション」をテーマにしたアートフェアですが、そのコラボレーションの領域も広く、携わっているスタッフの方も非常に幅広い方々がいらっしゃると思います。まずは、共同ディレクターの深井(厚志)さんから、ACKという組織についてお話いただいてもよいでしょうか?

深井厚志: ACKの組織的には実行委員会と事務局からなり、出展ギャラリーの選考にはセレクションコミッティ―があたります。事務局が実際にフェアを作り上げていく実動部隊で、今年は4人の共同ディレクターと、専門領域ごとにチームリーダーが率いる5つの部門で構成しました。共同ディレクターはどちらかというと話のまとめ役で、少し大きな視点や長期的な視点で話をする「実行委員会」と議論したり、お互いの意見集約をするような立場になります。共同ディレクター制はACKの当初からのこだわりでして、特定の誰かの一極集中的な組織ではなく、行政やアート、地域といった異なる専門性を持った人たちが、それぞれのスキルを持ち寄ってコレクティブ的にフェアを作り上げていこうという思いが込められています。ですから、私たち共同ディレクターには便宜上「ディレクター」という名前はついていますが、フェアをつくるそれぞれのチームとメンバー一人ひとりに権限がありますし、毎週行う全体定例ミーティングの場ではそれぞれの高い専門性を持ち寄ってみんなで議論しています。

──では、今回集まっていただいた皆さんに、それぞれの自己紹介も含めて、ACKでの役割をお話ししていただければと思います。

ACK会場風景
Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

鈴木秀法:僕は、ACKには、本当に最初期の事務所に鈴木香澄さんと私の2人しかいない時から関わっていて、ショウマネージャーという肩書きで仕事をしています。アートフェアというのはブースをつくって、ギャラリーに商売してもらうというのが基本。建築家の周防貴之さん、施工会社のスーパーファクトリーさん、また事務局のみんなをつなぎながら、フェアの仕組みの設計であったり、フェア会場全体の調整をするのが私の仕事です。また、ギャラリーとの日々の連絡と関係性づくりも、同じチームの鈴木香澄さんと二人三脚でやっています。また、当日の運営を取り仕切る運営会社との調整も担当しています。その他、会場にまつわることはなんでもやっているので、例えばACKが主催した「パブリックプログラム」では、キュレーターのグレッグ・ドボルザークさんと一緒にアーティストの作品を会場にどう置くかを一緒に考えたり、協賛企業さんとの展示に関しても全体の中での位置の調整だったり、会場設営のところまで一緒に動いたり、カフェやフードの販売ブースについてどうしたらいいのかを検討したり、という感じです。

澤村茉莉:私は京都府の文化生活部文化芸術課という部署に所属しており、行政の立場からACKに関わっています。各機関や大使館への後援申請や、国が実施している補助金関連の資料づくりのほか、ACK実行委員会に進捗や状況を報告したり、意見を仰いだりと、ACK事務局と京都府の間を繋ぐ役割をしています。

スペシャルプログラムのラファエル・ローゼンダール《Looking at Something》Powered by EDION展示風景
Courtesy of ACK, photo by Matsumi Takuya

土井未穂:コーポレートリレーションズとVIPリレーションズを担当しています。私と手錢和加子さんとの二人一組で、二つのチームを横断するような形で業務を行っています。VIPリレーションズでは、ACKにお越しいただくVIPのお客様にまつわることを網羅しています。コレクターさんや美術館関係者に向けたACKのご案内に始まり、会期中に京都の各所で開催するVIP向けのプログラムの企画運営、お問い合せの対応など、ACKに来ていただく皆さまに快適なお時間を過ごしていただけるよう、小規模なフェアながらも、様々な取り組みに挑戦しています。

 コーポレートリレーションズでは、いわゆるご協賛いただく企業様の対応業務全般を担当しています。ACKはコラボレーションをコンセプトにしていることもあり、企業の方々と一緒にフェアをつくり上げていくという意味でそのような呼び方になっています。ACKの趣旨にご賛同いただいた各企業それぞれのご希望をヒアリングし、企業の皆さんがACKを通してどのようなことを実現されたいのかということを一緒に考えながら、どのようなプログラムに落とし込んでいくか、本番まで試行錯誤を続けています。実施するプログラムはアートの展示だったり、京都の街なかで開催するプログラムだったり企業のお客さまのおもてなしだったりと様々なので、案件ごとにショウマネジメントやローカル、広報、エデュケーショナルプログラムなど、チームを越えて皆さんと連携しながら仕事をしています。

スペシャルプログラムのUESHIMA COLLECTION展示風景
Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki
市内連携プログラム、瑞雲庵にて開催された「和を以て物語をなす」展示風景
Courtesy of ACK, photo by Yoshimi Ryo

野村敦子:私は当初京都府庁に所属しており、「京都で国際的な現代アートのフェアが実現可能か」という構想段階から関わっています。そして事業立ち上げに向けては、庁内での予算要求や、企画書の作成、実行委員会の設立準備、設立趣意書の草案作成、会場の候補地探しなどが初期の仕事でした。そして、2022年度から事務局所属になり、現在はローカルコミュニケーションの担当をしています。このチームでは、長期的には「京都の現代アートマーケットの拡大」「京都における現代アートへの理解促進」「京都のアート関係人口の創出・増加」という3つのミッションを設けて活動しています。今年は、関西圏でのACKの周知拡大や、美術館や美術系大学、他の同時期開催のアートイベントなど、京都のアートシーンを支える人々との連携強化に注力しました。また、ACKは一年に4日間だけのイベントですので、会期外の時期には年間を通じてトークやシンポジウムを行ったりしています。

那波佳子:海外広報を担当しています。内容としてはプレスリリースをまとめてジャーナリストに発信をして掲載を獲得しつつ、ACKの知名度を上げていく。そのための広報計画を立てたり、海外プレス向けにACKや京都の街の魅力を最大限にプレゼンできるようなツアーを計画し、フェア期間中は取材に帯同したりというのが主な業務です。もともとACKはインターナショナルなアートフェアとして海外に強くPRしていきたいという思いがあり、今年は海外のPRエージェンシーに協力を要請し、彼らの知見を事務局と共有するなど勉強になる一年でした。結果として、有力なアート専門媒体や一般紙、SNSを中心にACKのユニークなコンセプトが国際的に大きく報道され、国際的な認知を飛躍的に高められたと思います。

海外プレスツアーの様子、中央にいるのがパブリックプログラムのゲストキュレーターであるグレッグ・ドボルザーク
Courtesy of ACK, photo by Yoshimi Ryo

市川靖子:私は国内の広報が主ですが、ACKに広報チームがない段階でオファーが来たので、まずはチームビルドから始めていきました。広報の仕事というのは、プレスリリースを出して掲載数を稼ぐ、それはもちろん重要な仕事ですが、それだけではないんですよね。最初は広報チームの体制づくり、その後いわゆる通常のPR業務をこなしながらも、メディアパートナーなど組織的な協業体制を敷く準備をしたり、京都の地元でどのような広報活動ができるか検討したりしています。なので、コーポレートやローカルといった他のチームとも一緒に動くことが多くなりました。

日本各地で準備を行い、ACKの会期に京都に集結するアートの精鋭たち

──皆さんはきっといろんな現場を見てこられて、ACKに入られたと思うんですが、働く場所としてどんなところだと思われますか?

鈴木:すごく面白い組織だと思います。一番印象的だったのは、土井さん、手銭さんが最初の会議に入ってきたときで、すごい強い人がやってきた!という感じだったんですね。その後も入ってくる方々もアートの知識はもとより豊富な経験をお持ちの方ばっかりで。ACKはそうした超人集団みたいなイメージが僕にはあります。皆さんフリーランスの方ばかりなので、普段はいろいろな場所にいるけれども、週1回の会議に集まって、その後はまた散り散りになってバリバリと仕事をこなしていく。そんなイメージです。いまでこそ京都事務所にはインターンも含めスタッフが増えてきていますが、京都事務所が数人しかいないときでも、僕らは全国各地に強いチームがいるんだと思うと心強かった。小さな組織で始まったのに、この数年でここまで存在感を大きくできたのは、プロが集まった集団だったからなのだと思います。

 また、この数年の状況と時代が味方をした部分もあると思います。ACKの準備期間は、第1回目がコロナ禍で延期になったりとかいろいろ大変でしたけど、逆にリモートで働くことや、フレキシブルな勤務体制が普通になった。そんな中で生まれた組織ということもあると思います。ACKのスタッフには小さな子供がいる方も多いし、時間や場所に縛られず働ける現場だというのは、すごく居心地もいいし、いい組織だなと思います。

ACK会場風景
Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

土井:ACKの事務局って半数くらいが京都府以外に住んでいる人たちだと思うんですが、私は最初に声を掛けていただいたのは、東京の人だからという理由でした。協賛いただく企業もコレクターも東京を拠点とする方は多いので、ACKがそのような方々とコミュニケーションをする上で東京で動ける人が欲しいということでお声をかけていただきました。最初はコロナ前でもあったので、もう少し京都に通うイメージだったんですが、コロナでリモート会議ばかりになりましたね。でも、いま考えるとそれくらいがちょうどいい距離感となったのかなとも思います。

野村:京都には美術系の大学がたくさんあり、美学・美術史の研究もさかんなのですが、数年前までは、京都でアートマネジメントを専門にして働ける場所はほとんどありませんでした。そのように京都で美術業界へ就職するというロールモデルがあまりない状況だったところに、ACKのようなアートフェアの事務局ができて、大学を卒業したらACKで働くという選択肢が生まれた。それはACKが出来る前と後での、ささやかですが大きな変化だったと思います。

 最初の頃、「京都で国際的アートフェアを立ち上げる」という話をすると、いろんな人から「絶対うまくいかない」と言われました。その主な理由としては、かつての京都には現代アートのマーケットが小さかったことが挙げられます。2010年代にはいくつかの東京のギャラリーが京都に支店を出し、その後しばらくして撤退したということがありました。また、大学や美術館などのアカデミックな世界では、芸術と市場が近づきすぎることについての懸念がいまもあり、そのブレーキはどこかで必要なものだと思っています。しかしいっぽうで、数年前から日本全体で現代アートへの関心が高まってきたことから、行政側でも現在活動しているアーティストを支える政策が拡大し、京都にも現代アートのコレクターや支援者が増えてきて、アーティストが他の地域から京都に移住するという事例も多く見られるようになってきました。ACKは幸運にも、文化行政面でも美術産業の面でも機が熟してきたタイミングで立ち上がったのだと思います。

 また、京都の人って、最初は懐疑的だったとしても、誰かが何かやり始めると応援してくれるんですね。古都のイメージで伝統を重んじる地域という印象があるかと思いますが、じつは新しいことへのチャレンジにとても肯定的な気質。ACKが少しずつ形になってくるたびに、一緒に何かやろうと言ってくれる人や企業がどんどん増えてきたのを肌で感じています。そのように実験的なことに挑戦できる土地柄だったからこそ、ACKが実現できたのかなと思います。

土井:京都は誰かがやり始めると応援してくれるというのは、私もすごく実感しています。初年度はなかなか苦戦したのですが、3年目を迎え、ありがたいことに、せっかく京都でやるならACKと同時期に開催しようと言っていただけるプログラムの数もすごく増えましたし、様々な方面から京都全体を盛り上げようという空気ができてきているというのは、ACKの考え方に共感していただけたんだなとも思えるし、本当にうれしいです。

ACK会場風景
Courtesy of ACK, photo by Matsumi Takuya

──それは京都の方の気質もあるとは思いますが、街の規模のサイズ感もあるのでしょうか。そんなに大きくないという。

鈴木:京都のアート関係者というと、友達の友達で全部網羅できちゃうぐらい狭い。それと、他所者がいっぱいいるということもあると思います。近県はもちろん東京からの移住者も多いし、外国人も多い。僕も学生時代から京都ではありますが、奈良の人だし。もちろん京都に根ざした人もたくさん応援してはくれていますが、京都は古都というイメージで語られがちですが、本当に多様、いろんな人がいる町なんだと実感します。それが結構新しい価値観を受け入れたり、何か混ぜてもOKという地盤を築き上げているのかな、とも思います。

土井:じつは私も最初にACKの話を聞いたときに、大丈夫?と思っていたんです。20年近くアート業界を見てきて、日本中でアートフェアが乱立しているし、しかも行政が主導して中途半端に終わってしまうようなアートのイベントをいくつも見てきたので、また? と(笑)。でも、いざ入ってみたら、アートフェアのことをよくわかっている人を巻き込みながらやろうという姿勢や、グローバルな視点を持ちながら且つ京都に根ざしたローカリティを大事しようといった設計がすごく考えられていることがわかりました。

ACK会場風景
Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

鈴木:でも、いま考えると、最初の「ほんま大丈夫か?」っていうプロセスはすごく重要だった気がする。中核となるコンセプトの段階で、誰も疑問にも思わずするっと通っていたら、数ある中途半端なアートフェアになって終わっていたと思う。最初からセレクションコミッティーに入ってくださっている小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さんや、ANOMALYの山本裕子さん、MORI YU GALLERYの森裕一さんやYoshiaki Inoue Galleryの井上佳昭さんが、本当に親身になってツッコミを入れまくってくれた。最初の頃は本当に議論ばかりしていたのですが、それで鍛えられて、最終的に「コラボレーション」というキーワードが生まれた経緯がありました。京都府の方にしても、中途半端にやったらダメだという危機意識があったのだと思います。京都府の担当の方も僕らの直属の上司みたいな感じでした。週に何度も事務局に来てくれて、小さなことから全部相談に乗ってくれて、京都府の人脈を活かして会社や人を紹介してくれたりして。それまで勝手に抱いていた行政の人って、お金だけ出したらあとは放っておくような印象があったんですが、いい意味で裏切られました(笑)。そうした行政との関わりっていうのはなかなか何かレアなんじゃないかなって勝手に思っています。

新しい多様な価値観を受け容れる京都の精神に支えられた組織

野村:ACKでは、事務局の組織の作り方についても当初様々な議論を行いました。アートフェアの事務局の形としては、会社なり行政なりあるひとつの組織が事務局の母体となって、そこに外部の人たちを導入していくというケースがよくありますが、ACKはそうした組織づくりを選びませんでした。最初から、それぞれの領域のプロフェッショナルが集まった混成チームだったんですね。そのため、私たちはミーティングの仕方や合意形成の仕方など、その都度相談しながら進めなければならないし、何かを決めるときにもひたすらディスカッションするしかなかった。そのように、すべてがフラットなところから始まっているので、現在でも議論をする時に、前例があるからこうしようという結論にはならず、いまある条件のなかで一番いい方法はどういうやり方なのかを話し合えるのが、ACKという組織のいいところだと思っています。現場の最前線で戦っているスタッフにも権限があって、物事が自律的に進むというのは、結果的にとても現代的な組織のあり方になっているなと思います。

ACK会場風景
Courtesy of ACK, photo by Moriya Yuki

那波:いろんな意味で時代の変化が追い風となって成長しているフェアだと思います。パンデミックの影響で、スタッフがリモートで働く仕組みや、展覧会、トークなどのオンラインビューイングの経験値を積むことができましたが、それを上手く取り込みながら発展しているように思います。各分野に精通したフリーランサーが集まり、互いを尊重しながらフェアをつくっていくというコラボラティブな組織のあり方も居心地よく、いまの時代にフィットしている気がします。

澤村:私はプログラムの造成にはメインで関わっているわけではありませんが、行政という立場で一緒にアートイベントを作り上げる希有なポジションだなと思っています。最近、大学のキャリア担当の方からも、行政の立場から地域のアートやデザインに関わりたいという学生の話をよく聞くと言われています。私自身もアートが好きだったので、もっとこうした仕事が広まったらいいなと思います。

市川:それぞれの専門分野で新しいチャレンジができるし、チームワークは揃っているし、アートの世界の華やかな部分もあるし、面白い現場ですよね。そして、アーティストやアート業界、地域といったいろんな方面に貢献できているのを自分でも実感できる。それは、自身のやりがいにも繋がるし、広報として広め甲斐もある。いろんな意味でACKのような貴重な現場はなかなかないと思います。

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