アートのある暮らしをもっと当たり前に。アートメディア「ARToVILLA」を立ち上げた大丸松坂屋百貨店の狙いとは?

2022年1月、大丸松坂屋百貨店がアートの魅力やアートを買うことの愉しさを伝えるアートメディア「ARToVILLA(アートヴィラ)」をローンチ。こうした動きに踏み出した背景や日本のアートシーンに与える影響などについて関係者が語り合った。

文=山内宏泰 ポートレート撮影=手塚なつめ

左から村田俊介、小川貴司、來住尚彦

 大丸松坂屋百貨店が2022年1月より、アートメディアをスタートさせた。アートの魅力と、アートを買うことの愉しさを伝える「ARToVILLA(アートヴィラ)」。もともとアートの販売チャネルとして大きな存在感を示す百貨店が、人とアートを結びつけることにさらに本腰を入れる構えだ。

 ウェブサイトでは、展示会情報や特集テーマに基づいた記事、「HOW TO」系の連載コンテンツなどを展開。加えて、キュレーターやコレクター、異業種のクリエイターなど「#DOORS」と呼ばれるパートナーたちとともに、様々な切り口でアート所有までの敷居を下げるコンテンツを届け、アートのある暮らしを提案する。

 また400年にわたり、“お買いもの”を通して生活と文化を結ぶ役割を担ってきた大丸松坂屋百貨店では、アートだけではなく、ファッション、映画、音楽、食など様々なカルチャーとの接点をつくることで、アートを楽しむ入口を増している。実際に作品が購入できる展覧会やイベントを開催することで、アートを手にする様々なリアルな体験が創出できるのも、百貨店ならではの強みだ。

 いまなぜこうした動きに踏み出したのか。日本のアートシーンに与える影響はどんなものか。大丸松坂屋百貨店の美術担当バイヤー・小川貴司、DX推進部で「ARToVILLA」運営を担当する村田俊介、そして大丸松坂屋百貨店と組んだプロジェクトやアートフェアの企画立案なども様々に手がけている一般社団法人 アート東京 代表理事の來住尚彦が鼎談。それぞれの立場から見える日本のアートの来し方行く末を語り合った。

「ARToVILLA」のウェブサイトより

戦後の一時期、日本人とアートに距離ができてしまった

村田俊介(以下、村田 いまの日本はアートを観るには恵まれた環境ですよね。各地に美術館はたくさんあるし、大規模企画展で名作が海外からやって来たりもする。いっぽうで「所有する」「購入する」機会は、まだまだ限られているのが現状です。アートを買うことが暮らしのなかにもっと当たり前なこととして浸透していってほしい、その第一歩になればというのが「ARToVILLA」を立ち上げた狙いです。

左は村田俊介

小川貴司(以下、小川 昔から日本人は美的関心が高くて、見たり触れたりするのは大好きで、美術館へ行列してでも行く。でもじゃあ家のなかに飾るかというと意外に少ない。

小川貴司

來住尚彦(以下、來住 百貨店の前身となる大店では、江戸時代から美しいものや高級な品を売って商売をしてきたはずですよね。江戸の世では浮世絵が大いに流行していたことなども考えると、日本人はずっと昔からアートとの距離がとても近かったし、アートを身近に置いて楽しんできた。いったいなぜ、いつからアートとの距離が生じてしまったのか。

來住尚彦

小川 これは一時的なことだったと思いたいところですよね。江戸時代から戦前まで、日本人の身近には美的なものがたくさんあったのはたしかですし、最近はまた現代アートコレクターが増えていたり、ストリートアートなどへの関心が高まっていたりとかなりアートが身近になってきた印象があります。極端に日本人とアートとの距離が開いてしまったのは、戦後しばらくのあいだのことに限られるのではないでしょうか?

來住 その通りだと思います。高度経済成長の時代に、アートが「余分なもの」とみなされてしまい、アート好きを公言したりアートコレクションを築くことが、何かよからぬことのような風潮が生まれてしまいました。が、時代はまた明らかに変化したと実感します。1995年以降に生まれた人たちは、好きなものは好きとはっきり言えるようになっている。その世代が大人になったときはきっと、いいもの美しいものは素直に身近に置きたいと思ったり購入するようになる。そういう世のなかのための地ならしを、いまは着々と進めないといけない。

村田 同時に、アートから遠ざかって生きてきた世代にも、ぜひ改めてアートに接近していただきたい。その一助になる場と情報をご提供しようというのが、「ARToVILLA」のスタンスです。

日本のアートマーケットの「伸びしろ」

來住 アート東京では毎年、アートに関する統計を出しています。それによると現在、日本のアートマーケットは約2300億円世界のアートマーケットの規模は約7兆円ですから、数字からみると日本の存在感は極めて小さい。でもバブル経済の余韻があった1990年はどうだったでしょう。世界のアートマーケットが3兆円規模だったのに対し、日本のアートマーケットはなんと2兆円だったと言われている。日本の現在のマーケット約2300億円は、かつて実現していた2兆円にまで上げることができるはず。その道筋を示すことがいま、私たちには課されていると言っていい。

「アートフェア東京2022」の様子

小川 一時的な「バブル」の状態では、はじけてしまえば終わりとなってしまうので、自力のある市場として1兆円、2兆円といった規模を実現する必要がありますね。そのためにはアート好きやアートにお金をかける人の裾野を広くすることが必須となるでしょう。

村田 「ARToVILLA」でも、これまでアートやアート購入に興味のなかった人に振り向いていただけるような記事やイベントを用意していきます。いまアートに目を向けていない人のなかにも、きっかけさえあれば、アート好きになりそうな潜在層はたくさんいると思われます。たとえばファッションや家具を百貨店などで吟味しながら楽しんで買うお客様は、カルチャーや美的なものに非常に敏感なわけで、適切な情報さえあれば買いものの選択肢としてアートを入れていただけるのではないでしょうか。

武田双雲の書をVRコンテンツ化した「ARToVILLA」主催のイベントの様子

小川 自分の身の回りでも、アートを買う人はこのところすごく増えてきたという実感があります。流れは確実にきていますね。來住さんが近年プロデュースなさってきたアートフェアは、こうした流れをつくるのに多大な貢献をしています。若い人も含めて毎年何万人もが、最先端のアートを目指して詰めかける場をつくってしまっているのですから。この状況を、いったいどうやって実現させたのですか。

小川貴司

來住 もちろん試行錯誤はありましたよ。ものを売るには、ふたつの方法しかありません。いい商品・サービスをつくるか、いいお客様と出逢うかのどちらかです。僕は2015年からアートフェアに携わっていますが、当初はまず、いい商品をつくろうと考えた。具体的には出展しているギャラリーの充実ですね。国内はもとより海外ギャラリーも誘致して、質量ともに拡充をねらいました。目標は達成できたのですが、売り上げは思ったほど上がりませんでした。そこで今度はよきお客様にたくさん来ていただける施策も打ち出していきました。各国大使館の後援を取り付けて、しかるべき方々が集う場としての雰囲気を醸成したり、その場で心地よく、スムーズにアートを購入していただける態勢を整えたり。「こういう人たちがこうやってアートを買うのか、カッコいいな、楽しそうだな」というモデルケースを見せていこうとした。その効果が確実に出て、このところ来場者数も売り上げもしっかり伸ばすことができています。

小川 百貨店も同じです。売り上げを立てるには、たくさんの方に比較的低価格のものを買っていただくのと、高額品をご購入いただけるお客様とうまくお付き合いさせていただくことの両方が必要です。

村田 どちらのメニューも取り揃えてご提示できるようにしておくことが、百貨店の責務だと考えています。

村田俊介

來住 そうですね、百貨店という業態は顧客ときちんとお付き合いして、各人に合ったものを勧められるのが強み。アートを扱うときも「ARToVILLA」でアート情報を提供するときも、そうした百貨店ならではのきめ細やかさを前面に打ち出していくといいですよね。さらにいえば百貨店は本来ものを売るというより、そのものを手に入れると生活がいかに素敵になるかを示して、夢を見せてくれる場だったと思います。アートを買うとこんな変化があるよというところまで、踏み込んで見せていってほしいです。 

2022年2月に大阪の大丸梅田店で行われた展覧会「SIGN OF A NEW CULTURE Vol.3」のスペシャルトークイベント

村田 アートを買うと生活はこう変わる、あなたの身にこんないいことが起こりますよというのを、具体的に示していけたらと思います。

アートシーンの未来は明るい

小川 このところようやく、デジタルコンテンツ、リアル店舗での販売、フェアをはじめとするイベントといった各分野での動きがうまく連動できるようになってきていて、日本のアートのよき生態系が生まれつつあると感じますがどうでしょうか。 

來住 アートのつくり手、流通、買い手などシーンに登場する人が年配ばかりじゃなく、若い世代も増えていますから、いい兆候です。あといま必要なのは、受け持ちの範囲が決まった「係り」をきちんと決めていくことじゃないですか。かつて僕がいた音楽業界では、ひとりの音楽家を支えるのにざっと次のような人たちがいました。マネージャー、原盤製作、プロモーター、レコードショップ、コンサート制作会社、コンサートプロモーター、出版会社、出版管理会社、グッズ製作会社、グッズ販売会社。ざっと数えて立場の違う10人が関わりひとつの音楽をつくり売っていた。アートも同じくらいきっちり「係り」をそろえて臨むべきでしょう。

來住尚彦

村田 そうしたシステムは強く求められている気がします。せっかく作品をつくりはじめたアーティストでも、なかなか芽が出ず継続が困難になり、中堅に達する前に制作から遠ざかってしまう人は多いですから。

來住 若手アーティストからスターが出現してきてほしいし、そういう流れを促したいですね。

村田 私たち百貨店としては、より多くの人にアートの世界への入口を提示すること、そしてアートのファン層を広げ顕在化していくことをいっそう進めていきます。その一環として、新たなプロジェクトをさっそく用意しています。この6月、大丸心斎橋店で開くのは企画展「TRANS/ACTION」。「ARToVILLA」には、「#DOORS」と呼ばれるアートに造詣の深いパートナーの方々がおります。その「#DOORS」がキュレーションを担当して、従来の展示とはひと味違った空間づくりをするのが同展となります。

小川 同じく6月、大阪心斎橋で「D-art, ART」も始動します。これは百貨店によるアートフェアを全国展開していこうという企画の第1弾となります。地域ごとに店舗があるのは百貨店の強みですから、百貨店を拠点にアートフェアを開き、それによって街ごと元気にしていけたら良いと思っています。他にも様々な企画を考えておりますので、ぜひ今後の動きにご注目ください。

左から村田俊介、小川貴司、來住尚彦

編集部

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