その土地の木材で作品をつくる挑戦
日々、何気なく使用しているエネルギーや資源について、楽しく買い物をするなかで考え、その行為を通じて地球環境への貢献ができるような百貨店づくりを目指す大丸・松坂屋の「Think GREEN」。
今回、大丸と松坂屋の4店舗では、何百年と生き続ける木々の時間に想いを馳せ制作を続けるアーティスト野原邦彦の展覧会「Think GREEN feat. 野原邦彦」を通じて「Think GREEN」を多くの人に届けようとしている。作品を販売した収益の一部は、チャリティとして公益社団法人国土緑化推進機構が運営する「緑の募金」に寄付される。作品を購入する楽しみが、森の保護保全のために役立つという「Think GREEN」の理念に沿った試みだ。
この巡回展のスタートとなったのは大丸札幌店。1階の特設会場には、木彫をはじめ、FRPの立体、木材のかけらを閉じ込めたドローイングなど様々な作品が発表された。
会場中央にあるのは、間伐材を利用してつくられた大きな台座の上に立つ《stew(シチュー)》。今回、「Think GREEN」とのコラボレーションのために制作された4点のうちのひとつが、いち早く展示された。この作品を制作した経緯について、野原は次のように語ってくれた。 「僕は北海道で生まれ育ちました。シチューをモチーフとしたのは、寒さが厳しいこの場所だからこそ、もっとも美味しいと感じられる食べ物ではないかと考えたからでした」。
スープカップから立ち上がる湯気のような不定形のかたちを木彫で表現。普段はクスノキを使用するというが、今回は展覧会が開催される土地の木材にこだわった。本体はミズナラ、台座はタモだという。
「普段使っているクスノキは彫りたいように彫らせてくれるのですが、ミズナラは、なかなか主導権を握らせてもらえませんでした。急に割れたり、大事な部分ほど欠けてしまったりすることもありました」。
野原はミズナラと向き合った。思うように彫らせてはくれないが、その特性を生かし、木と協力し合いながらかたちを探っていったという。
食べ物や飲み物がモチーフとなる理由
次なる開催地である大丸梅田店で発表される2点目の新作。そのタイトルは《かに雑炊》だという。大阪は妻が生まれ育った場所で、この地を野原が訪ねる度に食べたというカニがインスピレーションの源となった。
こうした食べ物や、コーヒー・抹茶などの飲み物をモチーフとしているが、かたちづくられているのは、それ自体ではない。湯気、あるいは香りが雲のような形状となっており、ときにはその中に水泳帽を被った少年が浮かんでいたりする。
「温かい物を食べたり、コーヒーを飲んだりするとき、誰しも日常を忘れて、ボーッと何かを想像するときがありますよね。そんな“ほっとするひととき”を表現できないかと考えました」。
野原にとって作品とは、日々の暮らしのなかで自分が感じたことを記す日記のようであり、また、そこには幼い頃の記憶も含まれていると語る。雲のような形状の中で、まるで水面をたゆたうように浮かぶ少年の姿は、何か遠くに意識を馳せる自画像とも重なる部分があるという。
忙しなく時を刻む時間と雄大な自然の時間と
“ほっとするひととき”を野原が表したいと思ったきっかけとはどこにあるのか。スタートラインは、どんな表現をしていくのかと試行錯誤をしていた学生時代にさかのぼる。車に乗って疾走しているとき、時計の針が時を刻むのとは別の心地よい時間を強く意識したことからだ。以来、目に見えない時間を可視化する探求は続けられており、それを表すために木という素材を使うことも大切な要素のひとつとなっているという。
「木を使うことで自然の中で過ごす時間を感じてもらえたらと思います。文明の進化で時間の感覚は早くなっていますが、本来、森の持っている時間は、もっとゆっくりとしたものであるはずです」。
今回の「Think GREEN」とのコラボレーションすることによって、改めて森林保全や環境について考えるきっかけとなったという野原。《夜カフェ》《雪の夜》《夜プリン》は、自身の子供が使っていた幼児用の木の椅子に着彩を施し、表面に削りを加え生み出された平面作品だ。
「アートによって、いままでとは違った“木の役割”を与えていけたらと思います」。
野原の立体作品は木をパーツでつなぐのではなく一木造り。ときには樹齢100年を超える大木で作品をつくることもある。森から切られたこうした木を使うことに「罪悪感」を感じることもあったが、今回のコラボレーションで改めて木と対峙し、アートという木の新たな利用法を提案できたらという、ポジティブな気持ちも芽生えてきたそうだ。
渡り鳥のように旅をする作品
この展覧会では「Think GREEN」とともに、もうひとつ「Traveling Exhibition」というテーマも添えられた。札幌を皮切りに、大阪、神戸、名古屋へと作品が旅をする。そんなイメージがFRPによる立体作品《波に千鳥》に込められた。
「巡回するその土地の木材を使って制作しているときに、いくつもの波を超えていく渡り鳥の姿がふと浮かびました。最近『和』をテーマとして制作を進めているなかで、『波に千鳥』という日本の伝統文様と結びつきました」。
波の文様が刻まれた球体が連なり、その上に愛らしい千鳥が真っ直ぐに前を見据えて羽ばたくこの作品は、大丸・松坂屋で限定販売されるそうだ。
作品と一緒に野原も各地の旅を続ける。そして、4つの会場で発表される新作は、同時並行で制作中という。
「新作が1点ずつ各会場で増えていきます。木の種類によって表情も変わってくるので、その違いも見ていただけたら嬉しいですね」。
時は誰しも平等に流れているが、私たちがどう時間を過ごすのか、何に想いを馳せるのかによって、実は変幻自在なのかもしれない。時間の概念を拡張することによって「普段とは違う景色が見えるんじゃないか」という野原の挑戦を、ぜひ間近でご覧いただきたい。