ノマディックな展示の可能性
──galerie tenko presentsを2022年に始めたときから、ノマディックなかたちで運営しようと考えていたのでしょうか?
はい。というより、当時はスペースを借りる予算もなく、ちょうどコロナ禍で閉店中の空き物件が多かったこともあり、「使えそうな場所を見つけて、直接オーナーに聞いてみる」というごく自然な流れで始まりました。私自身、ほかの仕事をしながら運営していたので、毎回違う場所で開催するスタイルのほうが現実的だったんです。
展示ごとに異なる会場を使うことで、アーティストにとっても新鮮な体験になりますし、観客からも「面白い展示のかたち」とポジティブな反応を多くいただきました。そうした声を重ねるなかで、徐々にこれがひとつのコンセプトとして認識されていったように思います。いまでは、「ギャラリーがどこにあるか」よりも、「どんなプログラムを組んでいるか」のほうが重視される時代になったと感じています。

コロナ以降、作品の販売もほとんどPDF経由で行っており、実際に来場するよりも、SNSやメールでの発信の方が大きな影響力を持つようになりました。極端な話、郊外の倉庫であっても、内容さえ充実していればギャラリーは十分に機能する──そんな時代なのだと思います。
──カラオケルームやクリーニング店、自宅のエレベーターなど、ユニークな会場選びについて教えてください。
本当にシンプルで、「いま使える場所を探す」だけなんです(笑)。展示は“楽しいイベント”であってほしいので、人が集まりやすく、アクセスが良い都心部で、無料または安価に使える場所を優先しています。
例えばカラオケは、私がアフターパーティーでよく使っていた場所で、店の人とも仲が良かったので貸してもらえました。自宅のエレベーターは文字通り自分の住まいの一部、クリーニング店は友人の紹介で借りたもので、そこだけは実費を支払って使用しました。

「ユニークで、かつ遠すぎないこと」──これが、私にとって会場選びでもっとも大切なポイントです。
──“ホワイトキューブではない”場所だからこそ、できたことはありますか?
はい。こうした場所には、展示そのものに「キャラクター」を与える力があります。東京のように広い都市では、自分の生活圏の外に出る機会が限られますが、ユニークな場所での展示がきっかけとなって、街との新しい接点が生まれることもあります。例えば中野で展示を行った際には、「こんな場所があるなんて知らなかった」と喜ばれることもありました。
また、会場に応じて作品がサイトスペシフィックになる点も魅力です。カラオケで展示した際には、皆で歌うなど、その空間ならではの体験が作品の意味や文脈に新たな層を加えてくれました。最近では、マーリン・カーペンターが描いた壁画を常設展示として残していますが、それも古い建物だったからこそ、オーナーの理解を得られた背景があります。ホワイトキューブでは難しい柔軟性が、こうした会場にはあるのです。




















