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中国のチームラボ。北京五輪開会式も手がける「Blackbow」を知っているか?

この10年間、中国の科学技術力は爆発的な速度で発展してきた。とくにテクノロジーとアートの融合は、新しい中国社会を実現する要として、各分野から大きな期待が寄せられている。そこで中国のメディア・アートを牽引し、「中国のチームラボ」とも評される「Blackbow」のJOEに、テクノロジーとアートの可能性を問うた。

聞き手・文=沓名美和

Blackbowは2022年北京オリンピックへの引き継ぎ式で行われた「北京8分」も手がけた

データは新しい表現手段──挑戦心とともにある省察の姿勢

──私自身も中国で暮らしていますので、この10年間の同国のテクノロジーの急速な発展というのは肌で感じてきました。中国の掲げる革新駆動型発展戦略のもと、政府はもちろん、テンセントやアリババなど各分野の第一線にいる企業が、テクノロジーだけでなくアートの分野にも熱い視線を注いでいますね。テクノロジーのもたらす利便性、そしてアートが人や都市に与える文化的充足感に強い可能性を感じている証拠だと思います。JOEさんが率いるBlackbowは中国のメディア・アートを牽引している、非常にエネルギーのある会社ですが、どんな思いではじめられたのですか?

 Blackbowは2010年に3人のメンバーでスタートしました。私たちはともに大学でマルチメディアを専攻していたので、どうしたらもっと人びとが楽しめるアート作品が作れるのか、日々考えていました。その思いが原点となり、テクノロジーとアートに対して創意工夫を続けてきました。

 いまでは100人以上のスタッフがいますが、仕事に関して営業やマーケティングはほとんどしていません。基本的にはアーティストとして作ることに専念しています。作品をつくるサイクルも長いほうだと思います。ひとつの仕事に対して、だいたい半年から一年、時間をかけて没頭して取り組むスタイルです。

JOE
 

──そもそもニューメディアアートとは、それ自体が情報発信のコンテンツだと思うのですが、あなたたちはどんなメッセージを発信したいのでしょうか。

 現代は情報の負荷がとても大きな時代だといえるでしょう。メディアやテクノロジーの発展によってコミュニケーションの方法も変化し、情報の爆発的な速度は私たちの文化の発展速度を大きく上回っているといえます。テクノロジーは倫理や法律も追いつかないまま発展してしまって、様々な分野に影響を与えている状況です。

 でも同時に、メディア・アートのアーティストとしては、現状をとても面白いと思っています。どんな表現手段でも考えられますからね。例えば、建築へのプロジェクションマッピングは、データを視覚化したアートです。多くのアートは、デジタル情報の背後にある美しさを示しています。波のリズムや風のリズムをデジタル情報化し、その背後にある美しさを建物に投影するのです。それは都市の音楽祭のイメージです。

 データはアーティストにとって新たな表現手段です。そしてそれは挑戦であり、同時に省察することでもある。この情報過多の時代に、私たちはさらに作品として新たなデータを生み出しているのですから。自己表現とは何か?私たちはどのようなデータを伝承していくのか?そもそも物質ではないものの伝承の意味とは?そうしたことを問い直しながら、挑戦し続けているんです。

北京首都博物館での展覧会より

──いま、あなたたちが注目しているテクノロジーの分野について教えてください。

 いま私たちは人工知能に注力しています。中国の伝統的な言語である書や国画を人工知能に学習させ、デジタルアートとして表現させるプロジェクトを行っています。

 また、中国国内でデジタルアートの博物館もつくっています。昨年11月に北京首都博物館で、伝統美術をデータ化し、それだけで展示する展覧会を開きました。展示された200点あまりの遺産は、それぞれが多くの物語をもっています。観客はデジタル遺産に触れることで、背後にある物語や歴史との関連性をすぐに見ることができます。反響はとてもいいですね。

北京首都博物館での展覧会より

 昨年はデジタルメディアと古代建築との5次元的関係を研究しました。私たちは中国の伝統舞踊と現代舞踊のパフォーマンスを、文化財と溶け込むように流動的に演出することでその良さを際立たせています。また、そこにデジタルアートのパフォーマンスを組み合わせることで、古代の建物と舞踊の間に新しい生命が生まれると思っています。

 私たちは過去の遺産にテクノロジーを組み合わせることで、中国の伝統文化を新しい文脈で蘇らせたいと思っています。それによって中国の多くの若者は、世界の人たちとともに中国の伝統文化に親しむことができます。そこから伝統文化に対する新しい認識や愛着が生まれると思っています。

 また、アート業界では最近、NFTが話題ですが、私たちもかなり早い段階からこのような仕事に関わっています。昨年からアーティストのチウ・ジージエ先生をはじめ、多くのアーティストとともにデジタルアートの祭典を行っています。これは中国国内でも大規模なアートイベントのひとつです。ブロックチェーンを使った取引やメディア・アートのジャンルは、今後より大きな市場になるでしょう。

故宮で行われた蔡國強の展覧会「odyssey and Homecoming」でのコラボレーション作品

──中国では没入型アート空間というものが大変盛んですが、あなたはどのように考えていますか?

 そうですね、没入型アート空間も私たちがつくっているものの一部です。先ほど、デジタルアートの博物館をつくったと話しましたが、私たちの核心的な目標のひとつはテクノロジーの力で中国文化の記憶をつくることです。遠い歴史のなかにあると思われている中国の伝統文化を、世界の人びとに再理解してもらうきっかけをつくりたいと思っています。

 最近は新しいメディア表現にも取り組んでいます。あなたの言った没入型アート空間よりさらに大きな空間、つまり都市や自然、観客丸ごと没入型体験空間に組み込んで演出するプロジェクトを行っています。

 実際に洛陽では、山全体を丸ごと没入型体験空間として演出しました。プロジェクションマッピングを投影した庭園や自然の風景のなかをパフォーマーが戯曲に合わせて踊る演出です。観客はそれを眺めるのではなく、そのなかに入っていき、自在に歩き、五感を使って体験するのです。展示空間のひと部屋で行われるような没入型体験空間とは、その規模がまったく違うものです。

──いままでで一番印象的だった作品は何ですか。

 そうですね、チャン・イーモウ監督や蔡国強先生と一緒に仕事をした、2019年の中国建国70周年記念に開催された国慶節の祝賀イベントですね。二人の巨匠の仕事、その努力を間近で見て学べたことは、私に大きな影響を与えました。

左から蔡國強、チャン・イーモウ

 チャン・イーモウ監督の専門は映画、蔡国強先生の専門は芸術花火ということで、専門性が異なれば、言葉の伝え方も違ってくるものです。それぞれが違う世界の言語を持っているといってもいいくらいです。私の仕事は彼らの言葉を聞き、じっくり話し合い、相性のいい部分を合わせて作品をつくっていくことでした。二人の巨匠には、大きな理念のレベルで相性のいい部分がたくさんあるように感じました。

国慶節の祝賀イベント
国慶節の祝賀イベント

──日本のアーティストは誰かご存知ですか。

 2016年、テンセントのWE大会でライゾマティクスの真鍋大度さんと交流しました。

──Blackbowは2022年北京オリンピックの、そしてライゾマティクスは2021年東京オリンピックの、それぞれ引き継ぎセレモニーの演出を手掛けていますね。

 そうです。真鍋さんとお会いしたとき、リオオリンピックの閉会式で披露されたあのマリオのショーについて、直接そのコンセプトを聞いてとても共感しました。私が不思議に思ったのは、違う国や環境にいても、アートについての考え方やニューメディアアートについての理解が一致していることでした。

 その後、チャン・イーモウ監督とともに「北京8分」と呼ばれているショーの制作に取り組んだのです。2018年韓国冬季オリンピックの閉会式で披露されたこのプログラムは、人とロボットが共同で公演する内容になりました。

北京8分

──「北京8分」はスマートロボットやAI技術が中国の伝統文化と結びつき、新しい中国のイメージを世界に発信するものとなりましたね。北京オリンピックに関する仕事で、いま教えていただけることはありますか?

 それはまだ具体的には言えませんね(笑)。私たちはメディア・アートを使い、シンプルで安全で素晴らしいオリンピックのイメージを世界にもたらすことを目指しています。「北京8分」の内容よりもさらにパワーアップし、何倍ものスケールとエンターテイメント性を併せ持ったものができると思います。

北京8分

──JOEさん、あなた個人の目標とBlackbow全体の今後の目標を教えてもらえますか?

 私個人としては、創作を楽しむこと。これは他の何にも代えられません。これからもっと中国を代表する作品を作りたいと思っています。

 Blackbowはすでに中国国内のメディア・アートの分野では、比較的リードしています。ですから、会社としては、もっと国際的な作品がつくれるといいなと思っています。機会があれば日本でも作品をつくりたいですね。

──メディア・アート業界では新人が増えていますが、どのようにとらえていますか? またテクノロジーは表現を今後も変えいくと思いますか?

 いまこの時代は、昔のルネサンスのようです。中国では「後浪」と言います。後ろの波が前の波を押し出すように、新しいものが次々起こり、古いものを押し進めていく。つまり、後輩はもっとすごい奴が出るという意味です(笑)。

 アーティストは新しい表現の手段として、テクノロジーを見つけたんだと思っています。これからの時代のアーティストは、もっと新しいテクノロジーを見つけ、両者は共存し、長く続いていくでしょう。

北京8分

おわりに

 18世紀末にイギリスで起こった第一次産業革命から約200年が過ぎ、私たちは第四次産業革命と呼ばれる時代に生きている。IoTが発達し、あらゆるものがインターネットへ接続され、集積されたビッグデータは人工知能によって分析、学習されるようになった。人が大量のデータやテクノロジーと共存する時代において、より注目されているのがアートの重要性だ。

 正確性を重視するテクノロジーの世界に対して、あらゆる不確かなものが存在するのがアートの世界だ。その意味でもテクノロジーとアートはまるで真逆のものだといえる。しかし、2015年のダボス会議ではすでに、テクノロジーの発展とともにアートの必要性が訴えられ、討論されていた。なぜなら、テクノロジーによって分析されたデータや、それを学習した人工知能でも、人の感情や感動を正確に予測したり、構築することはままならないからだ。

 アートという、世界でもっとも不確かなものこそが、正確にいまこの瞬間の世界と人びとの感情を表現してきたし、写真や映画など、アートの発展がテクノロジーの境界を押し広げ続けた側面もある。アートとテクノロジーは未来を目指す列車の両輪として常に存在し、新しい時代の文化や、人のあり方を志向し続けてきたのだと思う。

 次の時代にあるべきテクノロジーとアートの姿とはどんなものだろう? JOEのつくる没入型体験空間で遊ぶ人たちを見つめながら、私はアーティストが個人の精神世界や体験に焦点を当てて表現をする時代が遠のいていくのを感じていた。舞台に立つ主役を大勢の観客が見つめるスタイルのアートではなく、また、政治や宗教のためのアートでもなく、鑑賞するためのアートでもなく、テクノロジーによってつながった不特定多数の「みんな」が参加・体験し、感情を共有するようなアートが新しい時代の表現を切り開くのではないだろうか。

編集部

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