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2019.9.11

「天才の考えを買う」という喜び。アートコレクター・宮津大輔インタビュー

企業に勤務するかたわら、30歳のときに現代美術のコレクションを開始。26年間で400点以上の現代美術を購入し、日本を代表するアート・コレクターの一人となった宮津大輔。現在は、横浜美術大学の教授として、学生にアートと社会の関係性や、キャリア・デザイニングを教えている。幅広いメディアへの出演も多い宮津に、変化を続けるアートマーケットについて、そしてコレクターとしてアーティストや作品とどのようにかかわっているのかを聞いた。

聞き手・構成=編集部

宮津大輔。横浜美術大学の研究室にて
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現在のアート市場をどう見るか

――いま、宮津さんが注目しているアートコレクターはいますか?

宮津 ここ10年弱の状況で言えば、アジアの若いコレクターたちが目立っています。インドネシアやタイなど、東南アジアの若手コレクターですね。村上隆さんやKAWSを愛する世代が、市場で大きな影響力を持ち始めています。ストリートアートやサブカルチャーに強い親和性を持っている彼らが、中長期で美術史にどのような影響を及ぼしていくのか、とても興味があります。みなさん相当な富裕層なので、買い方もダイナミックです。事実、彼らが好む作品が、世界市場でも価格上昇傾向にあると思います。

 これからどうなっていくのか、という点では中国のコレクターたちも気になります。中国のバブル経済は崩壊すると言われ続けていますが、いまだにしていません。例えば「上海油罐芸術中心」(TANK Shanghai)を設立した喬志兵(チャオ・ジービン)や、龍美術館(ロン・ミュージアム)の劉益謙(リュウ・イーチャン)、王薇(ワン・ウェイ)夫妻など、彼らのビッグコレクションが政治や経済状況によって、今後どのようになっていくのか興味は尽きません。

 ただし、中長期的な視点で見たときに、アジアのアート市場が今後どうなっていくかはまだわかりません。私がコレクターを始めて26年になりますが、振り返ってみれば変化は激しく、当時は有名だったけれど、いまでは消えてしまったコレクターも少なくありません。現在の有名コレクターが、これからもコレクションし続けていくかどうかは、まだわからないと思っています。

「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」の展示風景
Courtesy of Kasama Nichido Museum of Art

ーー今後、アート市場はどのように変化をしていくと見ていますか?

宮津 僕がここ数年言ってきているのは、20世紀はギャラリーの時代、21世紀はアートフェアの時代ということです。ただし、数が増えすぎた結果、消えていったり急速に評価を下げているフェアが多いことも事実だと思います。ただ、アートフェアという形態自体が古いとか力が落ちてるとかいうことは、もう少し様子を見てみないとわからないですね。「アートバーゼル」のようなアートフェアは50年続いており、いまも絶大なパワーがあるので、時代が変わっても生き残っていくと思います。

 いっぽうで、淘汰されるフェアも多いでしょう。今年の「アート・ステージ・シンガポール」は開催中止になってしまいましたけど、最初の2年ほどはすごい盛りあがりでしたよね。当時は、ついにアートバーゼル香港のライバルが登場したといった感じでした。今年、初開催された台湾の「台北當代(タイペイダンダイ)」も話題を集めていますが、来年以降どうなっていくかはまだわかりません。

 大切なことは、アートを売る側は変化を求めているかもしれませんが、買う側にとって、変化はさして重要ではありません。自分たちが探している作品とどう出会うか、市場にあるのかないのか、いま買うことができるのかどうか。そういったことが、シンプルに重要なわけです。

ーーアーティストとじかに作品を取引することについては、どうお考えですか?

宮津 ウェブ、アプリ、SNSの時代になったおかげで、アーティストとコレクターが直接取り引きをすることで、中間マージンを省いて安く購入することができる、という話はたしかによく聞きます。しかし、ギャラリーを持ちあげるわけではありませんが、アーティストとコレクターのあいだに立ち、問題を解決する存在がなければ、うまくいかないのではないでしょうか。

 例えば、「値引きしてほしい」「コンディションが劣化するから展覧会に貸し出したくない」といったコレクターの要望、「安くしたくない」「展覧会に出して多くの人に見てもらいたい」というアーティストの要望、それぞれの立場を理解しながら、そのあいだで調整するのがギャラリーの役目だと思います。その役割を軽んじて「ギャラリーを通さなければ安くなります」というのは、結果として作品やアーティストが長く生き残っていくことにつながらないのではないでしょうか。

ーー宮津さんのコレクションはどのようなジャンルで構成されていますか?

宮津 僕のコレクションには映像作品が多いのですが、その理由はシンプルで、映像なら、若手に限らずアーティストのマスターピースが僕の予算でも買えるからです。ペインティングだと、若手だとしても良い作品は価格的に厳しいことが多いですよね。僕のコレクションは、特定のジャンルに特化しているわけではありません。そのアーティストの、もっとも素晴らしい作品がほしい、たんにそれだけなんです。私のお金で買える範囲でマスターピースを買っていったら、結果的に、映像作品が多くなりました。

 1点ものだろうがエディション作品だろうが、ほしい作品が売れてしまっているから、ほかの作品を買うという選択肢はないですね。この世に1点しかないものを所有することは、確かにコレクター冥利に尽きるとは思います。しかし、それ以上に重要なことは、作品それ自体がいかにオリジナルな魅力に溢れているかという点です。すばらしい作品は、たとえ1点物でなくとも、五大陸に1点ずつくらい存在していてもいいじゃないですか。

ヤン・フードン《Honey(mi)》(2003)。「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」の展示風景より
Single Channel Video, soud by Miya Dadu 9' 29"" (C)Yang Fudong
Coutesy of ShanghART Gallery and  Kasama Nichido Museum of Art

ーー作品はどのように保管し、飾っているのでしょう?

宮津 家に飾るということは、スペースありきで作品を選ぶことになりますよね。僕が考えているのは、その作品が素晴らしいかどうか、あとは支払える価格かどうか、それだけです。サイズとかメディアはあまり関係ないですね。家に飾ることを前提としなければ、買える作品の選択肢が増えます。人間、やっぱり飾ることを前提にしていると、無意識のうちにそのスペースについて考えてしまうじゃないですか。そこから解放されると、コレクションの幅も無限に広がるわけです。だから作品はすべて、温度と湿度を一定に保った、美術品専用の倉庫に収蔵しています。

ーー現在、注目しているアーティストはいますか?

宮津 やはり、アジアのアーティストですね。注目され始めたのが、ここ15年くらいなので、価格が上がる前にギリギリ間に合いました。ロンドンやニューヨークでデビューしているアーティストと、アジアでデビューしているアーティストでは、最初の価格が大きく異なります。かたや100万円、かたや20万円、その差は大きいですよね。アジアの国々は金曜日の午後から飛行機に乗って行き、月曜日の早朝に戻ってくれば、仕事を休まなくても済むわけです。そうなると私の予算や勤務形態でも、自分がほしい作品や気になるアーティストを探し、関係性を深め、コレクションを充実させることが可能です。そういった点で、地理的にもアジアのアーティストが対象となります。私にお金がたくさんあり、時間もたくさんあったのなら、対象はアジアだけではなかったかもしれないですね。

 いまから数年後まで視野に入れて注目しているのは、カンボジア、ラオス、スリランカなどのアーティストです。ほとんどみなさんが注目していないところだと思うんですけど、各都市には素晴らしいギャラリーもあるし、優れたアーティストもいます。

 とくにカンボジアのアーティストの作品はかなり以前からコレクションしていて、クゥワイ・サムナンやリム・ソクチャンリナはギャラリーに彼らを紹介したりしています。サムナンは「ドクメンタ14」に出品していますし、ソクチャンリナはシンガポールビエンナーレ2019に参加が決定しています。数百ドル、数千ドルだった作品の価格も、いまや数万ドルになりつつあります。また、次回「ドクメンタ15」の芸術監督に選ばれた、インドネシアのアートコレクティブ「ルアンルパ」も、その中心メンバーであるアデ・ダルマワンの作品をコレクションしています。

 「アジアはまだまだ」と言う人も多いですが、丹念に見ていたら、そんなことはとても言えません。やはり人が行かないところにこそ、コレクターとしておもしろさを感じられるものがあります。例えば、ジョージ・コンドの良い作品を買おうと思ったら、どれだけのお金とコネと苦労が必要なのか、という話ですね。

リム・ソクチャンリナ《国道5号線》(2015)。「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」の展示風景より Digital C-print 60x90cm Coutesy of the artist and nca | nichido contemporary art

コレクターとしての役割

ーーアーティストと直接コミュニケーションすることも多いのでしょうか?

宮津 これは私のスタイルですけど、現代美術の楽しみって、アーティストが生きていることだと思っています。例えでよく言いいますが、ゴッホやピカソと話すことはできなくても、草間彌生やゲルハルト・リヒターとは話せるし、さらに若手アーティストだったらいっしょにご飯を食べたり、お酒を飲むこともできます。アーティストといろいろ交流することが、コレクションすることと同じくらい私には重要です。しかし、アーティストから直接買うということは、まずありません。所属アーティストを継続的にケアし続けるギャラリーから購入することで、アーティストの生活にほんの少しでも貢献したいからです。

 また、アーティストと付き合うには、共通言語も必要です。私が若い頃に出会ったオラファー・エリアソン、ドミニク・ゴンザレス=フォルステル、蔡國強、ヤン・フードン、アルフレッド・ジャーなどが、いまでは超一流のアーティストになっています。共通言語をそれなりにアップデートしていないと、その関係を維持していくことは困難でしょう。彼らと会話するということは、真剣に試合をするようなものですから。それなりに練習を積んで、技量を上げておかないと試合にすらなりません。つまらない試合だったら、2度と試合をしてくれなくなりますからね。

 僕はコレクターですけれど、アーティストでもキュレーターでもギャラリストでも同じだと思います。バレリーナでもピアニストでも1日休むとダメになるというのに似ていると思います。でも、きっとみんなそれが大好きなんですよね。練習は苦しいとか言いながら、自分の生きる場所はここしかないと考えているのではないでしょうか。好きだからこそいいプレーをしたいし、いいプレーに必要なのは、地道な練習と試合に出続けることで磨かれる試合勘だと思います。

オラファー・エリアソン《Window Projection for Daisuke》(2005)。「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」の展示風景より
Spotlight, tripod, gobo (C)2005 Olafur Eliasson

ーー5月には「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」を開催されました。その意図と結果を教えてください。

宮津 ここ数年、様々なコレクターの方々がコレクション展をされています。アートフェアや地域芸術祭と同じように、数が増えてくれば差異が重要になってきますよね。そこで思ったのが、現代美術をコレクションしている相当富裕なコレクターでも、近代の名品を同時に蒐集することが可能な人は、ほとんどいないという点です。できないのなら、借りればいいと考えました。現代美術が得意分野である僕が、近代美術が得意分野のところと組んで、やってみたいことを実現したということです。個人コレクションはエゴの塊なので、エゴ同士を組み合わせて、いろんな人に楽しんでもらいたかったんです。

 笠間日動美術館さんは現代美術の展覧会に慣れていないので、お互いに苦労したことも少なくありませんでした。でも、そういう障壁の一つひとつを、楽しみながら協力して解決することができたのがいい思い出です。一生のうちで、多分最初で最後じゃないですか。自分の持っている作品とともに、モネやゴッホを「こう展示したほうがいいですね」なんて生意気なことを言えるのは。だから非常におもしろかったですね。

 奈良美智さんを目当てにきたファンが岸田劉生がおもしろいとか、セザンヌを見にきたお年寄りがオラファー・エリアソンを楽しむとか、そういった思いがけない出会いが、みなさんの視野を広げられたら嬉しいと思っていました。実際に、そういう反応が多かったようで、本当にやってよかったと思っています。

「シンクロニシティ 宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術」の展示風景 Courtesy of Kasama Nichido Museum of Art

ーーコレクターとは美術業界や社会の中で、どのような役割を担う存在だと考えていますか。

宮津 どんなに良いアーティストでも、それだけでは評価されないし、歴史にも残りません。作品を扱うギャラリストや、それを買うコレクターが必要なのです。どこの馬の骨だかわからないアーティストの作品を、最初に買うのは100パーセント個人コレクターです。さらに、作品を言説で価値づけして歴史化するためには評論家が必要で、それを展覧会にして証明するキュレーターの力も不可欠です。いわばチーム体制なのです。僕はコレクターとして、その役割のうちのひとつを受け持っていたいと常に考えています。

 アーティストを育てているとか、パトロンをしているだとか、そんな生意気なことを言うつもりはまったくないんです。僕が払ったこの数万円の一部が、アーティストやギャラリストの昼食代になったり、絵具の足しになればいいかな、という程度です。そのくらいの貢献でも、ないよりはマシですから。なにより、アーティストと話すのが楽しいんですよ。楽しいことをやりながら、少しでもアーティストの役に立っていたとしたら、これほどありがたいことはない思っています。

ーー最後に、宮津さんにとってのコレクターとして最大の喜びを教えてください

宮津 アートにおける天才って、絵がうまいとかそんなつまらないことじゃありません。考え方や発想がまったく違うわけです。僕が毎日くだらないことで悩んでるのに、よくこんなことを考えつくな、と思わされてしまいます。もしかしたらこうした考え方が、科学とは違う方向で地球を変えてしまうでは? と思うようなアーティストがいます。その作品が、僕の手の届く範囲で買えるのだったら、それは悩む必要なんてなくて、即買いますよね。その作品がモノとしてどうかとか、コレクションとしてどうかとか、将来値上がりするかとか、そんなケチなことはどうでもいいでしょう。この天才の考えが数十万円で売っているなら、そりゃ買うよね、ということしか考えてないです。

宮津大輔。横浜美術大学の教室にて

OIL by 美術手帖の作品について

ーー現在「OIL by 美術手帖」に出品中のアーティストで、宮津さんの視点から推薦したい方はいらしゃいますか?

宮津 では、私が映像作品をコレクションしている3組のアーティストを推薦しましょう。

 まずは、丹羽良徳さん。そのオリジナリティあふれる発想と、不屈の実現力が僕たちの想像をはるかに超えているのが丹羽良徳さんです。もはや映像作品は、価格的にお手ごろではなくなりつつあるので、アイデアの源泉ともいうべきドローイングはいかがでしょうか。

 田幡浩一さんの作品は、コンセプチュアルですが、同時に軽やかでソフィスティケートされています。2次元と3次元の関係性、あるいはパースペクティブについての真摯な問題意識を扱った作品は、見ていて見飽きることがありません。

 1990年代からメディア・アートの第一線で活躍し続けるアーティスト・デュオであるエキソニモも良いですね。アートにとって、いまや避けて通れないのがテクノロジー。水戸芸術館やあいちトリエンナーレ2019での展示も記憶に新しい彼らの、デジタルでありながら、同時に生々しい作品世界にひたってみるのもお薦めです。