リサ・ラーソンの陶芸の魅力と何か?

今年3月にこの世を去った陶芸家リサ・ラーソン。現在、ラーソンの3回目となる展覧会を開催中の滋賀県立陶芸の森 陶芸館学芸課長・三浦弘子が、その魅力を振り返る。

文=三浦弘子

ライオン(マキシ)〈アフリカシリーズ〉 グスタフスベリ磁器工房モデル1968年~/作品1968-80年頃 高37.2cm×幅35.0cm×奥行39.0cm©Lisa Lason/Alvaro Campo

リサ・ラーソンの歩み

 リサ・ラーソンは1931年にスウェーデンのスモーランド地方に生まれる。10代の頃には製材所でもらった木片でフィギュアをつくって遊んでいたといい、彼女は、幼少期から芸術に深い興味を示していた(*1)。リサ・ラーソンは、スウェーデンの第二の都市ヨーテボリのスロイドフォレーニング学校(現HDKヨーテボリデザイン工芸大学)に入学し、陶芸に魅せられていく。

 1954年には、ヘルシンキで開催されたデザインコンペでグスタフスベリ磁器工房のスティグ・リンドべリの賞を受賞。それによりグスタフスベリ磁器工房の一年間の実習生待遇となり、以来、26年間にわたり陶磁器デザイナーとして数多くの名作シリーズを生み出すこととなる(*2)。

 リサ・ラーソンが入社して手がけた初の量産製品は、「小さな動物園」シリーズ。学生の頃から制作していたネコを試作したところ、スティグ・リンドベリから「ほかの動物をつくってみる」ように促され(*3)、1955年にシリーズが誕生。翌年商品化された。

リサ・ラーソン

人気シリーズ誕生の裏側

 ブックエンドとしてデザインされたが、出来上がりが軽量だったことから置物として発表された「ABC少女」シリーズは、人気のシリーズのひとつ。デザインされた1950年代には、女性が読書することは批判的に見られており、もっと時間を役立つことに使うべきと考えられていた。アルファベットの頭文字のアマ―リアから始まる5人の少女たちは、一人ひとり名前が付けられ、それぞれ違った髪型で思い思いのポーズで本を読んでいる。リサは、少女たちの像をスタイリッシュに美しく仕上げ、女性に対する昔からの偏見から解放させた(*4)。

エンマ〈ABC少女シリーズ〉 グスタフスベリ磁器工房
モデル1958-73年/作品1971年 高さ17.0cm×幅11.0cm×奥行12.0cm
©Lisa Lason/Alvaro Campo

 「ライオン(マキシ)/アフリカ」シリーズは、ロクロを用いて球体を組み合わせることで、可愛らしさが引き立てられている。これは、リサが制作した原型作品をもとに、石膏型で量産されたものである。それゆえ本人が制作したアートピース(本展ではユニークピースと表記)とは違うが、リサがロクロを用いて原型作品を制作しているため、ロクロの筋が残っている。このように、ロクロで基本となる形をつくるのは、1950~60年代の特徴であり、丸く球形の作品が多い理由といえる。

ライオン(マキシ)〈アフリカシリーズ〉 グスタフスベリ磁器工房
モデル1968年~/作品1968-80年頃 高37.2cm×幅35.0cm×奥行39.0cm
©Lisa Lason/Alvaro Campo

 また、1960年代後半から70年代に、スウェーデンでも広がりをみせていたフェニミズムの動きを垣間見せるのは、「社会討論」シリーズである。当初は男性が女性を持ち上げる結婚式の贈答品として試作されたが、制作すると男性の脚の部分が女性の重さに耐えられず、男女を入れ替え、全く新しいメッセージを伝えることになったのだという(*5)。社会や時代の中にある偏見を緩やかに皮肉やユーモアを交えてデザインしているところが、リサ・ラーソンデザインの特徴のひとつとして挙げられる。

旧市街 グスタフスベリ磁器工房
1963-78年 高28.0cm×奥行28.0cm×奥行25.0cm 個人蔵
©Lisa Lason/Alvaro Campo

リサ・ラーソンと信楽とのコラボレーションプロジェクト

 いまから9年前、2015年3月からの「北欧スウェーデンの動物のやきもの リサ・ラーソン展」の開幕の準備を進めていた頃、滋賀県立陶芸の森は陶芸産地の信楽にあり、美術館とアーティスト・イン・レジデンスの創作スタジオ、地元信楽の陶器産業を発信している施設があると知ったリサ・ラーソンは、様々な国々から作家が集まる制作スタジオに魅力を感じ、展覧会を前にした1月に大型モニュメントのデザイン図面とプロポーザルを送ってくれた。これを受け、大物ロクロを得意とする信楽で、これまで培ってきた大型作品制作のノウハウを生かし、陶芸の森とリサ・ラーソンのプロジェクトが実現することとなった。

 このモニュメント制作についてのプロポーザルには、リサから日本への感謝の気持ちが示されていた。

「スウェーデンの陶芸作家リサ・ラーソンは、1950年代から日本の美術やデザインに刺激を受けてきました。彼女の日本との関わりは、年々強くなり継続しています。彼女が深く認めた人々や国々にお返しをすることを望んでいます。彼女の彫刻は、まさに大きな感謝の花束なのです」(“Lisa Larson proposal for a large scale ceramic sculpture for SCCP 2015”、Johanna Larson, pp Lisa Larson and Mattias Larson)

 さらに、リサは次のように述べている。「当プロジェクトを《生命の樹》と名付け、自分と日本とのインスピレーショナル・コラボレーション(心揺さぶる協働)が世界に届き、違った文化どうしを一つにし、永遠に創造し続けられることを願うのだ」と(*6)。リサ・ラーソンからの思いは、この信楽のつくり手たちや陶芸の森、ここに集う作家たちへの未来へのメッセージでもあった。

2024年3月11日の知らせ

 今年の3月11日、リサ・ラーソンが92歳でこの世を去った。翌12日、日本でも彼女の訃報は、様々なネットニュースで配信された。この知らせは、数多くのファンの存在を浮き彫りにし、展覧会会場にはさらに多くの来館者が訪れた。このリサ・ラーソンの人気の高さは、伝統的な陶芸文化を誇るこの日本でも比肩しうる陶芸家はいないのではないか。リサ・ラーソンの作品が私たちを魅了してやまない理由について、改めて考えを巡らせていた。

 リサとヨハンナ・ラーソンによる「マイキー」のイラスト入りのTシャツや文具類など幅広い商品群の存在だけが人気の理由ではない。1954年から1980年の26年間にグスタフスベリ磁器工房で製造されたヴィンテージやケラミーク・ステュディオンで現在も製造が続けられている量産品は、誰もが手元に置きたくなるように愛らしく、温かみのあるフォルムをしている。多くの人々の心を掴むリサ・ラーソンの作品特徴のひとつは、東洋的な釉薬と丸みを帯びたフォルムであろう。地味な色の釉薬であっても、印象は「ノスタルジー」ではない。フィギュアや動物作品は、石膏型による量産に耐える形状に仕上げる必要があるため、デザイナーと製造の職人側とのせめぎあいのなかで装飾と造形が吟味されている。リサの作品には、あえて施釉することなく土の部分を見せる作品も多い。艶のある釉薬と土色の部分は、対照を成し、土の溌溂とした生命力を感じさせる。それは、私たちが現代作家の多彩な陶芸手法のなかで見落としがちな、陶芸ゆえの土という素材を生かした魅力といえよう。

 今回の展覧会では、リサ作品と向き合いながら多くの人々が、作品に込められたユーモアに気付き楽しんでいる姿は、とても印象的である。リサ・ラーソンの作品を通して陶芸の素晴らしさに改めて気づいた人が増えたのは、たしかであろう。

花器(ユニークピース) グスタフスベリ磁器工房
1968年頃 高28.5cm×幅18.0cm×奥行18.0cm
©Lisa Lason/Alvaro Campo
トリの器(ユニークピース) リサ・ラーソンアトリエ
1982年 高21.4cm×幅18.0cm×奥行12.0cm
©Lisa Lason/Alvaro Campo

*1──ルーヴェ・イョンソン『リサ・ラーソン展-創作と出会いをめぐる旅』(大和書房、16頁、2020)
*2──『KLASSIKER LISA LARSON』(RETRO、日本語版、2014年、 62頁)、MARTA HOLKERS『LISA LARSON KERAMIKER』(BOKFORLAGET ARENA、2010年、19頁)
*3──『giorni 別冊 Lisa Larson』(実業之日本社、2011年、23頁)
*4──『リサ・ラーソン展 北欧を愛するすべての人へ』(大和書房2017、36頁)
*5──『リサ・ラーソン展 北欧を愛するすべての人へ』(大和書房2017、46頁)
*6──デザイン図面と一緒に送られてきたプロポーザル“Lisa Larson proposal for a large scale ceramic sculpture for SCCP 2015”、Johanna Larson, pp Lisa Larson and Mattias Larson

編集部

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