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「北欧の神秘─ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」(SOMPO美術館)開幕レポート。自然とファンタジーの世界へ

ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの3ヶ国の絵画に焦点を当てる国内初の本格的な展覧会「北欧の神秘─ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」がSOMPO美術館で始まった。会期は6月9日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、右から

 シンプルで機能的な家具、洗練されたデザインのテキスタイルや陶磁器などで知られる北欧。そのなかでもノルウェー、スウェーデン、フィンランドの3ヶ国の絵画にフォーカスした国内初の本格的な展覧会「北欧の神秘─ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」がSOMPO美術館で開幕した。会期は6月9日まで。担当学芸員は武笠由以子、古舘遼。

 本展は、ノルウェー国立美術館、スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館の3国立美術館の協力を得て実現したもの。各館のコレクションから選び抜かれた19〜20世紀初頭の絵画約70点が東京に集まった。

展示風景より

 会場は、「序章 神秘の源泉─北欧美術の形成」と「自然の力」「魔力の宿る森─北欧美術における英雄と妖精」「都市─現実世界を描く」で構成。北欧の自然風景や北欧神話や民話から影響を受けた風景画から街の景観や都市生活まで、多様な北欧絵画を見ることができる貴重な機会だ。

 19世紀、ナショナリズムが高まるなかで北欧ではその固有の自然が絵画の題材として視覚化されるようになる。展覧会冒頭を飾る序章では、19世紀半ばごろにノルウェーでもっとも成功した風景画家のひとりとされるヨーハン・フレドリク・エッケシュバルグなど、厳しくもドラマティックな北欧の自然を写実的に描いた作品が並ぶ。

 そのいっぽうで、夜の森に出現した妖精を描いたアウグスト・マルムストゥルムの《踊る妖精たち》やフィンランドの民族叙事詩『カレワラ』から題材をとったロベルト・ヴィルヘルム・エークマンの《イルマタル》など、自然風景と北欧ならではの神秘主義や民間伝承を融合させた絵画にも注目だ。

展示風景より、ヨーハン・フレドリク・エッケシュバルグ《雪原》(1851)
展示風景より、ロベルト・ヴィルヘルム・エークマンの《イルマタル》(1860)
展示風景より、アウグスト・マルムストゥルムの《踊る妖精たち》(1866)

 19世紀末、急速な工業化と都市化は自然への回帰を促すことにもつながった。第1章は、自然をインスピレーション源とする作家たちの作品に着目するものだ。序章における風景画との違いは、風景を客観的にそのまま描くのではなく、そこに個人的な体験や感情が込められている点にある。

 ここでは、スウェーデンで結成された芸術家集落「ヴァールバリ派」のひとりであるニルス・クレーゲルの作品も展示。壮大かつ厳粛な風景画というヴァールバリ派の典型的な表現が見出せるだろう。

 ノルウェーを代表する画家であるエドヴァルド・ムンクは屋外で主題を前に作品を描くことが多かった。《フィヨルドの冬》はその典型であり、単純化された線による的確な描写は鋭い力強さを感じさせる。

第1章の展示風景より
展示風景より、ニルス・クレーゲル《ヴァールバリのホステン丘 Ⅱ》(1896)
展示風景より、エドヴァルド・ムンク《フィヨルドの冬》(1915)
展示風景より、手前はニレス・クレーゲル《春の夜》(1896)

 続く第2章のテーマは森。怪物や魔女、妖精などが住むと考えられた森は神話やおとぎ話の舞台であり、芸術家たちにとってインスピレーションの源となってきた。

 アーンシュト・ヨーセフソンの《水の精》は、水の精であるネッケンをモチーフにしたもの。荒々しい水の動きと自然を描くことで、ネッケンの魅力と危うさを伝えるものだ。

展示風景より、左からアーンシュト・ヨーセフソン《水の精》(1882)、アウグスト・マルストゥルム《フリチョフの誘惑(『フリチョフ物語』より)》(1880年代)

 装飾芸術で名を成したガーラル・ムンテは、ノルウェーにおける同分野の第一人者。本展に並ぶのは、主人公オームスンが妖精トロルを倒し、姫を救い出すという物語を描いたもので、全10点のうち4点を見ることができる。すべてをつなげるとフリーズ(帯状の壁画)のようになる本作は、横スクロールのゲーム画面を想起させる。

展示風景より、ガーラル・ムンテの作品群

 なおこのトロルは、民間伝承をモチーフとした作品で国民的画家となったテオドール・キッテルセンの作品にも描かれている。キッテルセンはノルウェー各地の民話の要素を盛り込んだ『ソリア・モリア城──アスケラッドの冒険』を創作し、そのために12点の絵画を制作した。会場に並ぶのは、そのうちの3点だ。

展示風景より、テオドール・キッテルセン《アスケラッドとオオカミ》(1900)
展示風景より、テオドール・キッテルセン《トロルのシラミ取りをする姫》(1900)

 産業革命による科学技術の発展は北欧社会にも大きな影響を与え、芸術家たちも技法や題材において変化を遂げた。第3章に並ぶのは、都市や生活を描いた作品の数々だ。

第3章の展示風景より
第3章の展示風景より

 なかでも注目したいのは、J.A.Gアッケによる《金属の街の夏至祭》だろう。スウェーデンの世紀末美術のなかで、もっとも謎めいた絵画のひとつとされるこの作品。ゴシック風の建築が並ぶ街を背景に、前景にはステージのような丸い島と池が広がる。そこで踊る複数の人々はすべて赤く描かれている。スウェーデンの伝統行事である夏至祭を取り入れたものだが、その文学的な典拠は不明だという。

展示風景より、J.A.Gアッケ《金属の街の夏至祭》(1898)

 またこのセクションでは、叙情的な風景画を手がけたエウシェン王子による作品や、何気ない日常を切り取ったアンデシュ・ソーンによる肖像画、ムンクの色彩豊かな風景画、都市開発の陰で増大する貧困層の人々の生活を迫真的に描いた絵画も見落とさないようにしてほしい。

展示風景より、エウシェン王子《工場、ヴァルデマッシュウッデからサルトシュークヴァーン製粉工場の眺め》(制作年不詳)
展示風景より、アンデシュ・ソーン《コール・マルギット》(1901)
展示風景より、エドヴァルド・ムンク《ベランダにて》(1902)
展示風景より、左からクリスティアン・クローグ《生存のための闘争(習作)》(制作年不詳)、カール・ヴィルヘルムソン《諦念》(1895)

 本展で監修を務めたスウェーデン国立美術館の展覧会部門ディレクター、パール・ヘードストゥルムは、開催にあたり「世紀末の素晴らしい作品が網羅されている。展覧会のなかで個人的に好きな作品を見つけてほしい」とメッセージを寄せている。

 なお、本展ではSOMPO美術館の新たな試みとして会場の随所に鳥のさえずりや雪を踏み締める足音など、様々な音が流れている。絵画の世界へと誘うガイドとして楽んでみてはいかがだろうか。

展示風景より

編集部

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