芸術とその対象
分析美学の古典の翻訳。芸術とは何か、絵画がある事物を描写するとはどういうことか、芸術のジャンルとは何かといった美学のあつかう幅広いトピックが取り上げられる。ウォルハイムの議論から、立場の提示、反論、再反論という哲学的な議論の魅力にふれることができる。いっぽう、訳文はやや硬く、読者は議論の細部の連なりを見失ってしまうかもしれない。本書を読む際には、訳者による議論の見取り図を参照するほか、ウォルハイムの主張の位置付けを『分析美学入門』(勁草書房、2013)などで押さえておくと、議論の流れを追いやすくなるだろう。(岡)
『芸術とその対象』
リチャード・ウォルハイム=著
松尾大=訳
慶應義塾大学出版会|4200円+税
芸術祭の危機管理 表現の自由を守るマネジメント
あいちトリエンナーレの開催に当事者として関わった経験を持つ著者による文化行政論。「あいちトリエンナーレ2019」をめぐって起きた議論を、資料を渉猟し、様々なアクターの動きを考慮に入れながら詳細に検証。ともすると陥ってしまう「物議を醸さないマネジメント」ではなく、表現の自由を守るためのマネジメントの必要性を論じる。芸術祭の運営側だけではなく、読者一人ひとりがそれぞれの職能を通して社会に貢献する「専門家」として考察を深め、現代社会における芸術の在り方に主体的に関与していくことが求められる。(岡)
『芸術祭の危機管理 表現の自由を守るマネジメント』
吉田隆之=著
水曜社|2500円+税
アトリエ インカーブ物語 アートと福祉で社会を動かす
知的障がいを持つアーティストを支援する「アトリエ インカーブ」の活動を、立上げ人である今中博之が自身の半生を振り返りながら紹介する1冊。デザイナーとして活動し、自らも障がいを持つ著者によるデザイン論・アート論である。「閉じながら開く」ことを説く福祉論・行政論という性格も持っており、様々なかたちで思考を触発する。全体の筆致は柔らかいものの、障がいを持つアーティストによる作品を「アウトサイダー・アート」という狭い領域に押し込めてしまうことに対する批判など、鋭い指摘が光る。(岡)
『アトリエ インカーブ物語 アートと福祉で社会を動かす』
今中博之=著
河出書房新社|900円+税
(『美術手帖』2020年10月号「BOOK」より)