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2020.9.9

美術手帖 2020年10月号「ポスト資本主義とアート」特集
「Editor’s note」

『美術手帖』 2020年10月号は「ポスト資本主義とアート」特集。本誌編集長・望月かおるによる「Editor’s note」です。

『美術手帖』2020年10月号「ポスト資本主義とアート」特集扉より

 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言のただなかにあった5月初旬、「コロナ禍時代のアートとは何か」という問いから、本特集の企画は始まった。あらゆるものを商品化し、市場原理を押し進める資本主義は、ウィズコロナ時代の到来によってその脆弱性や、それに支えられてきた文化や教育、芸術における構造的課題を露呈した。もちろん資本主義に終わりがきたわけでも、どこかに新たなシステムが存在するわけでもはない。だが、いまその見直しが求められつつあるのではないか。

 まずは現状を理解するために、資本主義社会におけるアートの価値形成の仕組みについて、政治学者の白井聡氏に基礎的な解説をしていただいた。近代以降の芸術の価値は、市場原理に依拠しつつ、それに「純粋な価値が内在する」という論理によっても決定されてきた。だがその論理を支えるアカデミズムや批評、賞典などの「権威」も、社会の大衆化により弱体化し、現在はアートの社会的孤立と市場迎合・俗情との結託という閉塞状況にある。さらに昨今の新自由主義のもとでは、人間の感性も資本主義に飲み込まれ支配されてしまう。ここからいかに脱却するかが課題だと白井氏は指摘する。

 そこで本特集では、こうした状況を横目で見ながら、資本主義に包摂されないオルタナティブなアイデアを世界中で実践しているアーティストたちを紹介する。彼/彼女らの活動は、社会の閉塞感を突き破り、経済システムと現状を相対化する視点を、われわれに与えてくれるだろう。アートは本来、市場の原理や社会的意義とは無縁のものからラディカルで前衛的なものまで、幅広い表現を内包する。インタビュー中、哲学者マルクス・ガブリエルはそうした芸術の本質にふれながらこう語ってくれた。「アートの機能は道徳的な進歩に貢献することにあるという、啓蒙主義のシラーの考えを諦めてはいけません。[…]『美』と『善』を再び取り戻してみませんか?」。

 日本の美術業界においても、作品を支える人々のうちに潜む一極化した権力や極端な市場主義が、ハラスメントというかたちで剥き出しになることがある。それは活動自体の評価とは別問題という考えもあるかもしれない。だが美術作品を批評、評価し、支える営みの根底に、啓蒙や倫理、贈与の意識なくして、はたしてそれは信頼に値するものと言えるだろうか? 本誌も原初に立ち返り、足元を見直しながら軌道修正する作業を地道に続けていきたい。

2020.08
本誌編集長 望月かおる

『美術手帖』2020年10月号「Editor’s note」より)